4.14 転がり込んできた2度目のチャンスに懸ける亀山大輝 あと半歩、踏み込んで“運命のベルト”を獲りにいく

14日、東京・後楽園ホールで開催される「ダイヤモンドグローブ」で日本L・フライ級王者の川満俊輝(三迫/30歳、12勝8KO2敗)に同級2位の亀山大輝(ワタナベ/29歳、12勝3KO8敗2分)が挑戦する。

川満は昨年12月、空位の王座決定戦で5年前の雪辱に燃える野田賢史(金子)を4回TKOで返り討ちにし、前WBA世界L・フライ級王者の高見亨介(帝拳)に奪われたベルトを奪還。これが初防衛戦になる。当初は1位の磯金龍(大橋)が川満に挑むはずだった。が、2月下旬にケガで辞退。代役に立ったのがプロキャリア10年になるサウスポーの亀山である。

亀山は伯耆淳トレーナー㊧とプロ初タイトルを目指す

2023年4月、大阪で当時のWBOアジアパシフィック・フライ級王者、加納陸(大成)に挑戦し、惜しくも引き分けで逃して以来、2度目のタイトル挑戦になる亀山。「あと半歩、踏み込んで、獲りに行く覚悟が足りなかった」と振り返る。その「あと半歩」の悔いを追いかけてきた3年でもあった。

その思いは伯耆淳トレーナーも同じ。「もう一押し、何が何でも、という“欲”があったら」と悔しさをにじませる。これまでに谷口将隆、冨山浩之介と世界戦を戦い、小野心を日本王者として返り咲かせるなど、経験豊富なベテラン・伯耆トレーナー(65歳)だが、1から手がけた選手がベルトを巻いたことがなく、亀山への思い入れは強い。

師弟ともに川満を「強いチャンピオン」と素直に称えながら、不意に転がり込んできたチャンスにどこか“運命”を感じている。伯耆トレーナーは「前から亀山とは相性がいいと思っていたので、いつかやりたかった」と自信をうかがわせ、亀山には、このベルトに特別な思いがある。

■憧れのヒーローが巻いたベルトが目の前に
静岡県島田市の出身。父親から勧められ、西焼津の駿河ジムでグローブを握るのは小学2年生の夏休み。その1ヵ月後、同ジム所属で同郷・島田市出身の増田信晃が後楽園ホールで奪取したのが今回と同じ日本L・フライ級王座だった。

増田が地元静岡で戦った6度の防衛戦は会場で応援。勝ち名乗りを受ける姿にプロへの思いを募らせ、「強さの証」であるベルトに憧れを抱いた。

中学3年生のときにU-15全国大会で優勝。高校1年生のときにはインターハイに出場して、のちに谷口の世界王座に挑んだ同い年の石澤開(M.T)に1回戦で敗れた。以降は全国大会出場を果たせなかったが、ベルトへの思いを胸に高校卒業後に上京し、ワタナベジムに入った。

亀山には記憶に残る小学生のころの光景がある。タイトルマッチを控えた増田、ジムのプロ数名と早朝のゴルフ場での走り込みに参加。次第に遠ざかっていく背中を懸命に追いかけた――。

あれから約20年。憧れのヒーローが巻いたベルトを懸けて、後楽園ホールのリングに上がる。「チャンスがあったら、あと半歩、踏み込んで、獲りに行く。1ラウンドだろうと覚悟を決めて、倒しに行きます。気持ちも強いチャンピオンに最後は気持ちでも上回りたい」。亀山は固い決意を語るのだ。(取材/構成 船橋真二郎)

サンドバッグに右アッパーを突き上げる亀山

※「ダイヤモンドグローブ」は14日18時の第1試合開始から三迫ジムのYouTubeチャンネル『MISAKO BOXING TV』でライブ配信される。

■急きょの代役もタイミングは悪くなかった
――2月下旬に話があったと思いますが、その時点で試合まで1ヵ月半。どう受け止めましたか?
亀山 伯耆さんから連絡があって、「4月14日、やるか?」って言われて。あれ? 1位の選手はどうしたんですか、と返したら、ケガで辞退したということだったので。断る理由もないですし。

――迷うことなく。
亀山 そうですね。前回(昨年12月末)のキルギスの試合(6回判定勝ち)から2ヵ月ですかね。年が明けて、週1回、2回ぐらいですけど、ちょこちょこスパーリングもやってたんですよ。

――そんなに早く練習を再開していたんですか。
亀山 別にダメージもなかったですし、ほかのトレーナーから「スパーリングできるか?」って、頼まれたんで。やれます、と言って。

――では、コンディションを急激に上げないといけない状況ではなかったと。
亀山 はい。いい感じといいますか、タイミング的にも悪くなかったのかな、と思います。

――初のタイトル挑戦がちょうど3年前で。結果は引き分けでした。
亀山 もし、あそこで負けてたら、やめてたかもしれないと思うんですよね。でも、引き分けで。もう一歩、いや、あと半歩、頑張っていれば、自分がチャンピオンだったのにな、みたいな。それがずっと残ってました。あと半歩、踏み込んで獲りに行く覚悟が足りなかったなって。この3年、その思いがずっとありましたね。

――そんな思いを残していたら、もう1回、挑戦したいとなりますよね。
亀山 そうですね。もう1回やるだけじゃなくて、次こそは勝って、チャンピオンになりたい。そういう思いです。

――その2023年ですか。(11月に)KG大和ジムの安藤教祐選手と最強挑戦者決定戦を戦って、あそこで勝っていれば、川満選手に挑戦していたはずで。で、去年7月に判定負けした野田選手が次、川満選手と王座決定戦を戦ったり。あと一歩で戦えなかった選手であり、意識してきた選手でもあるのではないですか?
亀山 続けていれば、いつかはやるだろうなって、ぼんやりとは。でも、明確にタイトルマッチでやるとは思ってなかったですけど。

――では、ターゲットとして、あらためて意識して、研究もして。
亀山 そうですね。自分でも映像を見て、伯耆さんとも話し合って。作戦を練りながらやってる感じです。

伯耆トレーナーのボディプロテクターに左ボディーを打ち込む亀山

■亀山の持ち味を生かしたボクシングとは

――明確に戦う相手として意識した川満選手は、どう見えていますか。
亀山 強いチャンピオンですよね。ここ数戦、勝ってるのはKOですし、チャンピオンの底力と言いますか、このまま行ったら、世界に行く選手なのかな、と思ってますね。ただ、ここで自分が勝てば、自分も少しは世界に近づけるんじゃないか、というのも思ってます。

――4団体で世界ランクに入っている選手だし。
亀山 はい。勝てば、自分のものになるので。そこ(世界ランク)もしっかり意識してますね。

――強いと認めるチャンピオンに、どう挑んで、どう攻略しようとイメージしていますか。
亀山 まあ、パワーとか、フィジカル的には向こうが上だと思うので。自分の持ち味を生かしたボクシングをして。でも、すんなりとは行かないだろうし、最後は気持ちの我慢比べになると思うので。そこで上回りたいなとイメージしてます。最後は気合いですね(笑い)。

――最後の勝負所で上回れるように。
亀山 はい。3年前と相手は別ですけど、そこの気持ちで3年前の自分を上回れたら、いい結果がついてくると思ってます。気持ちも強いチャンピオンに最後は気持ちでも上回りたいですね。

――亀山選手の持ち味というのは、運動量豊富にリングを動きまわって、フェイントをかけたり、スイッチしたり、相手を揺さぶりながら、出入りして戦うことですよね。
亀山 そうですね。いろんな動きをして、相手を翻弄するといいますか、かき乱して、チャンスがあったら、一気に行くっていう感じです。

――チャンスは逃さないで一気に行くと。
亀山 はい。チャンスがあったら。今回は1ラウンドだろうと覚悟を決めて、倒しに行きます。

――1ラウンドから。
亀山 はい。3年前は、あと半歩、踏み込んで、倒されてもいいから獲りに行く、みたいな覚悟が足りなかったと思うんですよね。チャンスがあったら、今回は倒される覚悟で前に行きます。僕は挑戦者で、獲りに行くしか勝つ方法はないと思うので。それで負けてしまったら、しょうがない、相手が強かったということで。

――もし、そうなっても納得できると。
亀山 そうですね。素直に。

――あのスタイルは体力をかなり使うと思うんですけど、最後までよく動き切りますよね。
亀山 とにかく日頃のシャドー、サンドバッグから、できるだけ体力を使うような激しい動きを意識してますね。練習のほうがキツくて、試合では、こんなもんか、っていうのが理想かなって。

――キャリアの前半は今のスタイルではなかった印象があるんですが、どこかの時点で変えましたか。
亀山 自分のなかで戦い方が変わってきたな、と思うのは、薮崎(賢人=セレス)選手との試合です。

――薮崎選手との2戦目(2022年7月に8回TKO勝ち。3連敗からの2連勝を飾った一戦)。
亀山 2戦目です。あそこでコツをつかんだというか、体の力の入れ具合、スタミナの配分とかがうまくハマった感じがあったんですよ。

――試合のリングでうまく脱力したり、出し方をつかめたというか。
亀山 そうですね。それが薮崎戦だったのかな、と思います。

――何かを変えないといけない、という意識はあったということですか。
亀山 (3度目の挑戦で)新人王を獲ったあとに3連敗して。戦い方を変えないといけないかな、と思ってまして。で、自分は右利きサウスポーで、昔はオーソドックスでもやってたんで。まあ、ぎこちないけど、使えるなら右も使ってみようとか、使えるものは使おう、と考えてやってたら、ああいうスタイルになっていった感じです。

――自分が持っているもの、使えるものは全部使って、どう勝つかを考えて。
亀山 そうですね。今となっては、このスタイルが自然かもしれないです。

 

 

ミット打ちの合間に渡辺均会長㊧のアドバイスに耳を傾ける

■ずっと勝ち続けるよりストーリー性がある

――ここまでの約10年のプロキャリアをどう振り返りますか。
亀山 まあ、勝ったり、負けたりですけど、ストーリー性はあるかな、と思ってます。ずーっと勝ち続けて、チャンピオンになるより、勝ったり、負けたりしながら、自分なりに工夫して、最後にチャンピオンになったほうが面白いかなって。勝手に(笑い)。

――くじけそうになったり、あきらめかけりしたことは?
亀山 まったくゼロというわけではなかったですけど、純粋にボクシングが好きですし、いつかはチャンピオンになる、そのための経験だと思ってやってきた感じです。

――亀山選手は中学3年生のときにU-15全国大会で優勝して。
亀山 あ、そうです。後楽園ホールで。

――で、高校1年生でインターハイに。
亀山 まあ、一応。運よく出れたんです(笑い)。

――1回戦で当時は武相高校の石澤開選手に負けたんですね。
亀山 そうですね。日本チャンピオンになって、うちの谷口さんと世界戦もやったし、すごい人とやったんだなって、あとから思うとですけど。でも、そのあとは全然ダメダメで、全国大会には行けなくて。駿河ジムで練習して、(静岡県立川根)高校の名前で出てたんですけど。

――当時、同じ静岡には1学年上に坪井(智也=帝拳、当時浜松工業高校)選手がいて。接点はあったんですか。
亀山  そのインターハイとか、東海ブロック予選に一緒に行ったぐらいですかね。

――同じ静岡県代表として。
亀山 はい。まあ、当時から坪井さんはすごかったですね。うわっ、この人、ヤバいわって感じで見てました(笑い)。1回だけ、公式試合じゃなくて、練習で手合わせしたことがあったんですけど、何もできなかったですね。

――ボクシングを始めたのは、いくつですか。
亀山 小学2年生です。父親が日付も覚えていて、(2004年)8月2日とか言ってましたね。

――きっかけは?
亀山 アニメの『はじめの一歩』ですね。父親が見ていて、自分も見始めて。で、西焼津のほうに(駿河)ボクシングジムがあるけど、行ってみるか? ってなって。そのころには自分もやってみたい気持ちがあったと思うんですね。で、始めてから、チャンピオンとか、いろいろ知るようになって、ベルトを巻きたいという気持ちになっていった感じです。

――チャンピオンとか、ベルトを意識することが何かあったんですか。
亀山 駿河ジムに入って、しばらくして(2004年9月20日)、ジムから日本チャンピオンが誕生したんですよ。

――増田信晃選手ですか。ずっと静岡で防衛戦をやっていましたね。
亀山 あ、そうです。それから試合を観に行くようになって。勝って、ベルトを巻く姿がカッコよく見えたんですよ。ベルトって、強さの証じゃないですか。

――当時の亀山選手にとってはヒーローですよね。
亀山 ヒーローですね。地元も島田市で一緒なんですよ。自分もああなりたい、チャンピオンになって、ベルトを巻きたいなって、自然と目指していった感じです。

――そう考えると今回のベルトは、増田さんと同じベルトですね(笑い)。
亀山 そうなんですよ(笑い)。あれから十数年の時を経て。そう考えると感慨深いですね。
※増田は2007年4月15日、島田市で嘉陽宗嗣(白井・具志堅スポーツ)に判定で敗れ、6度目の防衛に失敗。

――運命的な感じがしてきますね。
亀山 何かあるのかな、と思っちゃいますよね。

――子どものころに憧れを抱いたベルトそのものだから、あと半歩、踏み込んで獲りに行く覚悟が出せそうですね。
亀山 そうですね。あと半歩、もう半歩、前に出て。全力で獲りに行きますよ。

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