“カメレオン”アヤラ、アポリナリオを撃沈 6回KOでIBFフライ級王座獲得
2024年8月10日 17時54分
2024年8月10日 10時53分
8月13日、後楽園ホールで開催される「ダイヤモンドグローブ」のメインはWBOアジアパシフィックS・フライ級タイトルマッチ。王者の大橋哲朗(真正/25歳、12勝3KO3敗1分)が初防衛戦で川浦龍生(三迫/30歳、11勝7KO2敗)の挑戦を受ける。
大橋は今年4月6日、同じ後楽園ホールで王者の中川健太(三迫)に劇的な終盤10回TKO勝ち。トランクスにリング禍で亡くなった穴口一輝さんの名前を入れ、敬愛するジムメイトに捧げるタイトル奪取を果たした。
経験豊富な38歳の中川に対し、試合前は怖さも抱いていた。それでも「俺は絶対にやれるという自信を持って試合に臨めた」という。それは「彼(穴口さん)のおかげ」と大橋は言う。そのわけとは。
初防衛戦への思い。高校の同期で親友というWBOアジアパシフィック・ミニマム級王者の小林豪己(真正)と交わした約束。ボクシングを始めた頃。高校時代に山下正人会長にかけられた言葉など――。
「どういう展開になっても負けるわけにはいかない」と強い覚悟で再び神戸から東上する大橋に聞いた。《取材/構成 船橋真二郎》
■穴口さんから受け取ったもの
――チャンピオンになった実感はどうですか。
大橋 実感は……あまりないです。周りが喜んでくれたのが嬉しいぐらいで、自分は特に何も変わらず。目指してるのはここじゃないし、常に挑戦し続けるというか、そういう気持ちなんで。
――2018年に全日本新人王になってからは、日本ユース王座の決定戦で(現・日本王者の)高山涼深(ワタナベ)選手とダウン応酬の熱戦の末に最終8ラウンドKO負け(19年10月)。バンタム級でWBOアジアパシフィック王者(現・IBF王者)の西田凌佑(六島)選手に大差の判定で負けて(21年12月)。タイトルに対する思いは余計に強かったんじゃないかと。
大橋 もちろん、獲りたかったという気持ちはありましたし、負けた悔しさもありましたけど。また勝ち続けていけば、(いつか)と思ってたんで、焦りとかはまったくなく。
――タイトルを獲った4月の試合ですが、チャンピオンの中川選手のことは、どう見ていましたか。
大橋 中川さんはキャリアも僕の倍以上あるし、一発で試合をひっくり返すパンチ力もあって、その中に戦い方の巧さもあるし、何度も王座に返り咲いた勝負強さも持っているんで。試合前は怖かったですよ。
――どう乗り越えましたか。
大橋 でも、恐怖心はありながらも、俺は絶対にやれるという自信を持って試合に臨めました。自分ひとりで戦うんじゃないというか。不幸もありましたし、それを乗り越えて、チームで一致団結して獲りに行く雰囲気がジム全体にあったんで。東京に乗り込むときから計量、会場入り、試合前のアップのとき、すべてで自分が自信に満ちあふれていたというか。
――これまでの試合とは全然、違った。
大橋 全然、違いましたね。まあ、どんな試合でも怖いのは怖いし、緊張はあるんですけど。これまでとは練習から変わったというか、絶対に俺はやれるという感覚だったので。そのまま試合に出たと思います。
――練習から変わったというのは?
大橋 穴口(一輝)の(昨年12月の)バンタム級トーナメントの決勝の前の練習を間近で見て、スパーリングもしたし、彼のオーラというか、ボクシングに対する熱さというのをすごく感じたんですよ。こうでなくてはいけないって、今までの自分を見返す期間になって。そこからですね。変わったのは。
――スパーリングでも向かい合って、なおさら、穴口さんのタイトルを獲りに行くという熱さ、気迫が伝わってきた。
大橋 そうですね。で、それに全力で応えないといけないし、やられるわけにいかねえぞ、みたいな。先輩なんで(笑い)。やっぱり、後輩には負けたくないじゃないですか。昔から一輝が強いのは認めてたんですけど、見習わないといけないというか。
――今までを振り返ってみて、タイトルを獲るために自分に足りなかったものを感じた、受け取ったというか。
大橋 実感しました。練習の姿勢から見直せたのが大きかったと思います。だから、(自信を持って試合に臨めたのは)彼のおかげです。
――小林(豪己)選手が去年の8月にタイトルを失って、一度は辞めようと気持ちが落ち込んでいたのが、トーナメントに挑戦している穴口さんを見て、もう一度と思い直したと。そういう影響が昨年からジム全体に。
大橋 あったと思います。僕以外の人にも。
――その小林選手は穴口さんが亡くなった翌日(2月3日)の後楽園ホールで、タイトルを獲り返しましたね。
大橋 そうですね。あの精神状態でチャンピオンに返り咲けたのは、ここでならなかったら一輝に失礼というか、「何やってんだ!」って言われるというのもあったでしょうし。(勝った瞬間に)あんなに叫ぶ豪己は初めて見たんで。気持ちを感じました。
――その気持ちをまた大橋選手が受け取って。
大橋 そうですね。一輝と別れるとき、僕と豪己で「必ず世界チャンピオンになる」って、約束を交わしたんですよ。だから、「見とけよ」っていうのもあったし。
――トランクスのベルトラインに穴口さんの名前を入れて。
大橋 はい。それはこれからも。ボクシングを引退するまで。
■チームを信頼し、自分を高めることに集中
――川浦選手に対してはどういう印象を持っていますか。
大橋 巧い選手だと思うんで、難しい試合になるのは覚悟してるんですけど。僕は相手どうこうよりも、一つひとつの練習に気持ちを入れて、自分を高めることに集中するんで。
――相手より自分。
大橋 僕はそうです。そんなに(対戦相手の)映像も見ないですし、そこはトレーナーさんに任せて。自分にできることに精一杯、取り組んで。
――トレーナーさんというのは? もともとは山下会長でしたよね。
大橋 あ、そうですね。山下会長もずっとそばにいてくださるんですけど、前回のタイトルマッチから橋本(和樹)トレーナーが組んでくださって。
――そのタイミングで変わったのは?
大橋 前まで弟(元アマチュアボクサーの大橋空さん)がトレーナーでジムにいて。前々回の試合……その前の試合からか、ミットを持ってもらったり、スパーのセコンドについてもらったり、相手の研究もしてくれてたんですけど。その弟が就職したので。
――では、対策も橋本トレーナーに任せて。
大橋 あ、橋本さんと弟(笑い)。弟は人を見る目があって、クセを見抜けるし、僕が今、どんな状態かもすぐ理解してくれるので。前回と今回もセコンドの手伝いで来てくれます。橋本さんは僕が高校生のときから可愛がってくれて、山下会長が不在のときは練習を見てくれたんで、やりやすかったですし、信頼してます(橋本トレーナーはメキシコで元世界王者のジョニー・ゴンサレスと戦ったこともある元東洋太平洋ランカー)。
――橋本トレーナー、弟さん、山下会長もそうだと思いますけど、相手のことを客観的に見てくれる方がそれだけいて。
大橋 だから、間違いないじゃないですか。もちろん、頭の中で相手のことは意識しますけど、僕は自分が強くなることに集中して。
――難しい試合になると覚悟しているということですが、どういう展開になるとか、イメージは持っていますか。
大橋 どういう展開になるというより、どういう展開になっても負けるわけにはいかないです。約束は守らないといけないんで。その覚悟だけです。
――対サウスポーのスパーリングは?
大橋 6月末から7月初めまでは東京の帝拳ジムさんに行かせていただいて、増田陸選手と。で、それからJB SPORTSジムの今川(未來)選手が神戸に1ヵ月、来てくれて。あと世界ランカーの田井(宜広=RST)選手と。
――田井選手はスイッチでしたか。サウスポーでやってくれて。
大橋 まあ、僕はスイッチとか、オーソドックス、サウスポー、あんまり気にしないんですけどね(笑い)。セコンドの指示も聞きながら、目の前の相手に対応するだけだと思ってるんで。でも、スパーリングはしっかりできてます。ありがたいことに。
――初防衛は獲るより難しいとよく言われますが。
大橋 特に感じないです。僕は常に挑戦者なので。敬意を持って、川浦選手に挑戦するだけです。
■山下正人会長の言葉を胸に
――姫路の出身ですよね。ボクシングはいつから?
大橋 中学3年生です。
――野球をやっていたとか。
大橋 そうです。小学校はソフトボールで、中学から3年間、野球をやって。で、夏で終わって、速攻でボクシングに変えました。
――速攻ということは前からやりたかった?
大橋 先に弟が始めて。そのジムの会長から、お兄ちゃんもやりなよって。
――ああ、誘われて。(元日本スーパーフライ級王者の)川端賢樹さんのジムですよね?
大橋 あ、そうです、そうです。弟が4年生から始めて、僕と3つ違いなんですけど、ちょくちょくジムに迎えに行ってて。で、川端会長から。
――ずっと誘われていたんですね。でも、野球は最後まで。
大橋 そうですね。ヒジを壊して、中学3年生の頃はほぼ野球をしてなくて、陸上部かっていうぐらい、ひたすら走ってるだけだったんですけどね。母親が最後までやれ、やりきってから違うことをやれと。
――それで最後まで。ヒジを壊して、ということはピッチャーですか。
大橋 外野です。でも、不完全燃焼だったんで、走りながら、常に何かないかなって。で、川端会長に言われてたし、やってみるか、みたいな感じで。
――では、弟さんがきっかけになった。
大橋 あ、もともとのきっかけは、中学1年の頃やったかな? 家族で映画の『ロッキー』を見て。
――弟さんがちょうどボクシングを始める4年生の頃ですね。
大橋 はい。弟もそうですし、僕もカッコいいな、と思って。
――ちなみにロッキーシリーズの?
大橋 4です。親友のアポロの仇を取るやつ。ロッキー、好きですね。今でも観ますよ(笑い)。
――その頃から興味を持っていて。実際にやってみて、どうでしたか。
大橋 なんか、初日にこれだけできるやつはいない、みたいな。飲み込みが早いと言われました。川端会長曰く、最初からセンスを感じたらしくて。
――やる気になりますね。
大橋 はい(笑い)。で、始めて3ヵ月でスパーしたんですよ。1個下の空手出身の子と。互角に戦って、もう自信しかなくて。次に2つ下で、めっちゃ小っちゃい頃からボクシングをやってた子にボコボコにされて、痛い目を見て。それからですね。このままじゃ終われねえ、みたいな。
――そこで火が付いた。
大橋 そうですね。で、高校進学の時期で、でも、勉強ができなくて、自分でも「どないするの?」って状況やったんですけど、ボクシングはやりたいな、と思ってて。僕、休むのが嫌いで、練習は毎日行ってたんですよ。そしたら、川端会長に相生学院を紹介してもらって。
――ボクシングで高校に。
大橋 はい。スポーツコースに。
――相生学院からプロに来た選手、結構いますよね。
大橋 豪己もそうですし、真正ジムだと川崎智輝。この2人が同期ですね。引退されましたけど、山内祐季さんも卒業生やし。で、田井選手が1個上で。
――大橋選手はアマチュアでは?
大橋 全然でした(苦笑)。10戦5勝5敗です。全国大会も出たことないし。
――そこからどういう経緯でプロに?
大橋 1年生の終わりか、2年生の最初かな、高校で真正ジムに出稽古に行くことになって。長谷川(穂積)さんのことも知ってましたし、どういう雰囲気なんやろうって興味もあったんで。僕も希望して、行かせてもらって。
――それが初めての真正ジム?
大橋 はい。ここ(神戸市東灘区青木)じゃなくて、当時は新開地やったんですけど、でっかいし、リングも広いし、「すっげえ!」と思って。それから何回か来させてもらえるようになって。で、あるとき、山下会長から「高校を卒業したら、どないするの?」みたいな感じで訊かれて。僕、プロになろうと思ってなかったんですよ。怖くて。
――高校でやってみようぐらいの。
大橋 はい。ちょっとだけやってみたいなって。でも、真正ジムに来るようになったら、プロでやってみたいと思うようになって、なるとしても地元かな、とか、漠然と思ってたんですよ。「勉強嫌いで大学には行けないんで、プロになりたいと思ってます」と答えたら「うちに来いよ。面倒見てやるから」って。「ええっ!?」みたいな。家に帰って、速攻で親に自慢しました(笑い)。
――山下会長は大橋選手のスパーを見て。
大橋 はい。気に入ってくれたのか。それが2年生の終わり頃で、それから山中竜也さんが(メルリト・)サビーリョ(比)とやったとき、小西怜弥さんが谷口将隆(ワタナベ)さんと日本タイトルをやったときとか、スパーリングパートナーで呼んでいただいて。
――大事な試合の。高校で結果を出せなくて、自信をなくしたりは?
大橋 いや、自信なくしたりしましたよ。高校最後のインターハイの県予選に山下会長がわざわざ見に来てくださって、でも、負けちゃって。目の前で。ごっつ泣いちゃったんですよ。「すみませんでした」って。でも、「アマチュアでは全然だったかもしれないけど、プロでチャンピオンになったらええんや、最後になればええんや」という言葉をいただいて。決心がつきました。
――プロに誘ってくれたり、山下会長の言葉に救われたところもあった?
大橋 めちゃくちゃありましたよ。プロで高山さんに負けて、久高(寛之)さんに負けて、苦しい時期があったんですけど、会長から「新人王は優勝したけど、お前はアマチュアエリートでもないし、負けを味わってきて、そういう選手でもチャンピオンになれることを証明しないといけない。雑草魂を忘れるな」と言ってもらえて。今も大事にしてます。
■携帯電話の待ち受け画面に穴口さん
――後楽園ホールは、全日本新人王を獲って、前回はタイトルを獲って、今回で3度目です。大橋選手にとってはどういう場所ですか。
大橋 ボクシングの聖地と言われてる場所で、お客さん(客席)との距離も近いし、盛り上がる場所だなって。この間、新人王以来で久々に感じました。
――お客さんを近くに感じて、そういう雰囲気でやるほうが気持ちも上がる?
大橋 そうですね。気持ちが高ぶるし、そういうほうが好きなんで。嬉しいですよ。後楽園ホールでできるのは。
――2戦とも勝っているし、敵地ということになりますけど、次も自分の場所にできそうですか。
大橋 そうですね。でも、ホームとか、敵地とかは関係なしに試合ができるということに感謝したいです。
――関西からも大勢、応援に来てくれると思いますが、今度の後楽園ホールではどんなところを見てもらいたい、見せたいですか。
大橋 うーん……。でも、やっぱり、一番は気持ちの強さですね。何が何でも勝つという気持ちの強さを見せたいです。どういう展開でも自分が勝らないといけないという覚悟を持ってるんで。
――穴口さんとの約束もあるし、そこに尽きる。
大橋 そうですね。はい。今ね、実は携帯も彼なんですよ(とスマホの画面を見せてくれる)。
――穴口さんの写真を待ち受けにして。
大橋 はい。あと一輝とスパーしたときの映像も毎日、見てますね。動画に残してあるんで。一番大事にしてます。
――必ず世界チャンピオンになるという約束もそうだし、こういう熱い姿勢で練習しないといけないということも。
大橋 そうです。毎日、自分に言い聞かせるために。必ず見てますね。
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