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ロマゴン戦「あんなに楽しい試合はなかった」

“激闘王” 3階級制覇の八重樫東が引退表明 
ロマゴン戦「あんなに楽しい試合はなかった」

2020年9月1日 15時31分

激しい打撃戦でファンを魅了し“激闘王”と呼ばれた元3階級制覇チャンピオンの八重樫東(37歳=大橋)が1日、オンラインで記者会見を開き、現役引退を発表した。大橋ジムの大橋秀行会長、チーフトレーナーの松本好二トレーナーが同席した。

3階級制覇を達成したメンドサ戦の八重樫(右)

八重樫は引退の理由について「体力の限界を感じたわけではない」と前置きした上で、「いつも会長と松本さんと話し合って積み上げてきたキャリア。最後の最後に会長と相談して、『もういいんじゃないか』という言葉をいただき、その言葉を受け入れて決意が固まった」と説明。これは2月25日のことだったが、最終的に大橋ジムに入門した9月1日(2004年)を引退会見の日に決めた。

最も印象に残る試合を問われると、「あんなに楽しい試合はなかった」と敗れたローマン・ゴンサレス戦を挙げた。激闘王というニックネームについては、「大好きです。打ちつ打たれつのボクシングなのでボクシング的にはいいものじゃないけど、激闘王というすごく親しみのあるニックネームですし、これからも自分の宝物になると思う」と話した。

15年間タッグを組んだ松本トレーナーは「僕の中で印象に残っているのは世界チャンピオンになる前。けがの連続で、もうやめたほうがいいだろうということもありました。そこで踏みとどまってがんばって、世界チャンピオンになってくれた。“懸命に悔いなく”というのをまざまざと見せてくれた」と語った。

会見では家族の支えに触れて涙ぐむ場面もあったが、いつも気さくな八重樫らしく最後まで明るい記者会見で締めた。

引退会見では教え子の中垣から花束をもらった

今後は飲食店を経営しながら、フジテレビ「ダイヤモンドグローブ」の解説、タレント活動をやりながら、大橋ジムのトレーナーとして活動していく。一般向けのパーソナルトレーニングを行うほか、先日デビューした新鋭、中垣龍汰朗を担当することも明かされた。

大橋会長は「八重樫は精神力もすごいけど、いろいろなトレーニング方法を研究し、食事や減量方法も日本で一番知識があるんじゃないかと思う。精神面はもちろん、技術的な科学的なものを後輩たち、僕たちスタッフにも教えてもらいたい」とトレーナー八重樫に期待を寄せた。

井岡一翔との激闘。左が八重樫

八重樫は岩手県北上市出身。黒沢尻工高でボクシングを始め、2000年のインターハイ・モスキート級で優勝。拓大に進学して02年の国体L・フライ級で優勝した。

05年3月に大橋ジムからプロデビュー。日本最速タイ記録となる5戦目でOPBFミニマム級王座を獲得し、初防衛後に王座返上。07年6月、勝てば記録達成のプロ7戦目でWBCミニマム級王者のイーグル京和に世界初挑戦したが、これは判定負けに終わった。

日本タイトル獲得をへて11年10月、WBAミニマム級王者ポンサワン・ポープラムック(タイ)に10回TKO勝ちで初の世界王座を獲得。初防衛戦でWBC同級王者の井岡一翔と2団体統一戦を行い、敗れたものの激しい激闘を演じて評価を上げた。

ロマゴンとの試合はひときわ激しかった

13年4月に五十嵐俊幸からWBCフライ級王座を奪取して2階級制覇に成功。4度目の防衛戦で当時のパウンド・フォー・パウンド・キングのローマン・ゴンサレス(帝拳=ニカラグア)の挑戦を受けて9回KO負けを喫したが、この試合もその勇気あふれるファイトで人気をさらに高めた。

15年12月、IBF・L・フライ級王者ハビエル・メンドサ(メキシコ)から王座を奪って日本人男子3人目の3階級制覇を達成。3度目の防衛戦でミラン・メリンド(比)に敗れて王座陥落。昨年12月、IBFフライ級王者モルティ・ムザラネ(南アフリカ)に挑戦して敗れた試合がラストファイトになった。生涯戦績は35戦28勝16KO7敗。

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