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木村翔が再びグローブを握り、比嘉大吾がボクシングに目覚めた
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2021年2月18日 木曜日

コラム 井岡一翔が世界王者になった2011年2月11日 
木村翔が再びグローブを握り、比嘉大吾がボクシングに目覚めた

 凍えるような寒さになった1月のある日。久しぶりに木村翔(花形)と向かい合って話を聞かせてもらった。テーマは、いま戦いたい相手と、その理由。横浜・鴨居の花形ジムに元WBOフライ級王者を訪ねた。同い年でもある世界4階級制覇王者、井岡一翔(Ambition)への変わらない思いを木村は熱っぽく話してくれた。

木村翔

 前回は、年間最高試合に選出された田中恒成(畑中)との激闘に敗れた直後の2018年11月初旬だったから、2年以上前になる。話の流れで「もし、田中恒成ともう1回やれるチャンスがあったら?」と訊ねていた。木村は「正直、やりたいとは思わない」と答えた。その理由は……。

「1回やっているからこそ、田中くんの強さは僕が一番、分かっているから」

 右目の周囲を大きく腫らし、両拳を痛めながら、全精力を傾けてフルラウンド戦い抜いた記憶が生々しく残っていた頃だ。木村は苦笑いを浮かべ、それでも彼らしく、率直に語ってくれた。ベルトを失った失意とともに、これ以上ない相手と、これ以上ない試合ができた、そんな、ある種の満足感がその答えからにじんでいるようにも感じられた。

 ただ、当時のメモを見返してみると「井岡くんとはやってみたい」の言葉が残されていた。田中戦の2週間ほど前、米国で復帰した「同級生のスーパースター」への熱い思いを木村は2年前も口にしていたのだ。

 2020年の大晦日。その井岡と田中が戦った。井岡が2度ダウンを奪い、8ラウンドで田中をストップする圧勝劇に「衝撃」を受け、「やっぱり強えな」と感嘆するほかなかった。だが、だからこそ、もっとやりたい気持ちが強くなったというわけでもなく、だから、ちょっと尻込みしたということもなく、井岡に対する思いは「ずっと変わらない」のだと言った。

 木村が胸の内を初めて表に出したのは2017年。中国・上海でゾウ・シミンを11ラウンドTKOで倒し、フライ級の対抗王者として井岡と並び立った頃だったが、思いが芽生えたのは、もっと前。高校1年生、15歳の夏だったという。

 32歳の「特別な思い」は、ボクシングビート最新号の特別企画『元世界王者の挑戦状』をご覧いただくとして、いまからちょうど10年前、井岡が初めて世界王者になった「2011年2月11日」が、木村にとっても特別な日だったと知り、大晦日、記者席に設定された東京・大田区総合体育館のスタンド席で抱いていた“感慨”を思い出した。

 場内の大型スクリーンに井岡と田中の足跡をたどるダイジェスト映像が繰り返し流され、そのうちのひとつの試合が心に留まった。井岡がオーレドン・シッサマーチャイ(タイ)を5ラウンドTKOで下し、7戦目で1階級目のWBCミニマム級王座を奪取した一戦である。「そういえば……」と、ふと思い出したのが、同じ日のセミファイナルでWBOアジアパシフィック・バンタム級王座に挑む比嘉大吾(Ambition)のことだった。

比嘉大吾

 10年前の2月11日――。比嘉は高校受験を目前に控えた中学3年生だった。この日、小、中学校と野球に打ち込む一方で、テレビでボクシングや格闘技を見るのが好きだったという少年の進む道は突然に決まった。井岡の試合中継が早く終わり、穴埋めに流されたのが具志堅用高のKOダイジェストだった。

「初めて見た“昭和”の古くさい感じの映像」の中で地元沖縄の英雄が倒しまくる姿に心を揺さぶられ、比嘉は居ても立ってもいられず「高校でボクシングをやりたい」と父親に電話で相談する。勧められたのが、父親が暮らしていた宮古島の宮古工業高校ボクシング部だった。

 かつて、きっかけのエピソードを聞いた時、比嘉に「もし、井岡がオーレドンをKOしていなかったら?」と訊ねた。答えは「多分、高校で野球をやってました」だった。2017年5月にWBCフライ級王者になった当時、比嘉もまた井岡との統一戦を熱望していた。

 紆余曲折を経て、その井岡と同じマネジメント会社の所属になり、スパーリング相手になり、同じリングに立つ。葛藤を越えて、再び復活への道を歩み出した比嘉は何を思うのだろうかと、彼が味わった栄光と挫折が思い起されたのである。

 比嘉は「世代交代」を敢然と掲げ、井岡に挑んだ田中と同じ1995年度生まれの世代。井上拓真、桑原拓(いずれも大橋)、李健太、岩田翔吉、中野幹士(いずれも帝拳)、中嶋憂輝、鈴木雅弘(いずれも角海老宝石)、ユーリ阿久井政悟(倉敷守安)などなど、“豊穣の世代”と言っていい、この世代が井岡という存在をどのように見ていたのか。

 それは高校時代に田中や井上、中嶋、阿久井と拳を交え、ボクシングビート1月号で「井岡対田中」の勝敗予想を訊いた時の堤聖也(角海老宝石)の次の言葉に集約されるのかもしれない。

「高校生の頃、テレビで見ていたスター選手と同級生が試合するところまで来たのは、感慨深いものがありますよ」

 日本人ボクサーとして唯一の世界4階級制覇、歴代最多となる世界戦19戦(17勝10KO2敗)。そして比嘉や堤、彼らの世代を代表する田中を鮮やかに退け、いまだ大きな壁として立ちはだかる。この間、1年のブランクはあったにせよ、10年もの長きにわたってトップに居続けていることのすごさをあらためて思う。

 2021年2月11日。木村と比嘉はチャリティーイベント『LEGEND』に参戦。木村は田中戦以来、2年5ヵ月ぶりとなる日本のリングに上がり、比嘉は新たな階級の頂点に君臨する井上尚弥(大橋)とグローブを交え、それぞれの一歩を踏みしめた。

 10年前、比嘉の人生の分岐点となった日、高校1年の途中でボクシングから離れていた22歳の木村もまた、「“あの時”の井岡が世界チャンピオンか……」と、プロボクサーとして人生をやり直す決意を強烈に後押しされたのだという。(船橋 真二郎)

 ※木村翔のインタビュー記事(『元世界王者の挑戦状 木村翔』)は発売中のボクシング・ビート3月号に掲載しています。こちらからもご購入できます。https://amzn.to/2MUM2Ss

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