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石川ジム23年ぶりの日本王者狙う大野俊人インタビュー 亡き両親、ジム、家族への感謝を胸に

2023年8月2日 17時42分

 8月8日、東京・後楽園ホールで開催される「ダイヤモンドグローブ」は中・重量級のダブル日本タイトルマッチ。メインの日本S・ライト級タイトルマッチは激闘、KO決着濃厚の強打者対決。伝統ある早稲田大学ボクシング部でグローブを握り、リクルートの営業マンとの両立で王者になった藤田炎村(三迫/28歳、10勝8KO1敗)が初防衛戦で、初挑戦でのタイトル奪取とリック吉村が日本ライト級王座を返上して以来、ジムとしては約23年ぶりの日本王座を狙う同級1位の大野俊人(石川/27歳、12勝11KO4敗2分)と激突する。

「ボクシングをやってなかったとしたら、ひとりだったと思うんで」。大野がさりげなく漏らした言葉の意味を最初は理解できなかった。映画『ロッキー』に憧れ、ジムに入った中学1年の冬、闘病中の母親が他界。22歳、10戦目を前に父親も亡くした。転機は昨年。一度は初回TKO負けの相手に雪辱。ジムのスポンサー企業に就職。結婚し、家族もできた。中途半端だったボクシングでも「腹をくくった」。そこから勝ち続けてつかんだチャンス。支えてくれた家族、ジムへの感謝を胸にリングに上がる。(取材/構成 船橋真二郎)

強打が自慢の大野

■日本王者の目標を手にして、初めて自信が湧くと思う

――2015年11月にプロデビューして、7年9ヵ月ですか。

大野 なんだかんだ長かったような、短かったような(笑い)。

――タイトルマッチが決まって、どんな気持ちで試合に向かってきましたか。

大野 毎日、毎日、そのことだけを考えて過ごしてきました。ボクシングをやってきた証というか、目標としている場所だったので、いよいよかなって。

――これまでとは違う気持ちもありますか。

大野 でも、前回(3月20日)の麻生(興一=三迫)さんのときも、かなり気を引き締めていたので。あまり変わらないですかね。

――タイトルマッチの前に元チャンピオン(日本、東洋太平洋)のベテランと試合をして、勝ったからこそのチャンスですが、経験としても大きいのでは?

大野 そうですね。でも、はっきり勝ったわけじゃないから(ジャッジ全員が2ポイント差の2-1判定)、悔しかったですけどね。別にもう1回やってもいいと思ってたので。

――内容には満足していない?

大野 よくなかったですね。付き合っちゃったんで。

――終始、接近戦で。よく麻生選手の土俵で最後まで戦い切れたとは?

大野 自信にはなったかなと思うんですけど。僕、あまり自分に自信があるほうじゃないし。でも、日本チャンピオンになるという目標を手にしたとき、初めて自分に自信が湧くのかなと思ってますね。

――その麻生選手との試合で味わった悔しさがあるから、今回、余計に気持ちが入るところは?

大野 まあ、あります。それでチャンスをいただいて。指名挑戦者ですけど、僕はチャンスをもらったと思ってるし、相手も強いので、不足はないですね。

――藤田選手に対しては、どのような印象を?

大野 ああ。彼は早稲田大学出身で、リクルートで働いていて、頭がかなり切れるタイプで。で、ボクシングで日本チャンピオンになって。人間として、すごいなと。僕も働きながらやってますけど、やっぱり、きついし。藤田選手は、もっと大変なんだろうなと思って。

――石川(久美子)会長にうかがったら、現在は正社員として働いているそうですね。いつ頃から?

大野 就職して1年半ぐらいです。ありがたいですね。

――どんな仕事を?

大野 ジムのスポンサーをしていただいている株式会社立飛という不動産の会社なんですけど、ビルとか建物の設備点検、清掃、施設管理の仕事ですね。テナントさんとの清掃の契約とか、清掃のパートさんの管理業務とか。

――主に内勤なんですね。

大野 そうですね。慣れないですね。怒られてばっかりです(苦笑)。

――まだまだ覚えないといけないことが。

大野 はい。ありがたいことなので、頑張らないといけないですね。

――仕事が大変だからこそ、両立している藤田選手のすごさを感じる。

大野 普通にすげえなって。真似できないことをやってると思うので。

■ロッキーのように泥臭く

――戦う相手としては、どう見ていますか。

大野 面白い試合をしますよね。そこは僕も負けてないと思います。

――お互いにディフェンスに甘さがあって、パンチ力があると。その2人がぶつかったら、単純にスリリングで面白い試合になると、みんなが思っていると思います。それについては?

大野 そのとおりです(笑い)。僕は打ち合いしかできないんで。貫きます。

――お互いに一発で展開がガラリと変わる可能性がある。

大野 怖いですね。でも、楽しみです。

――大野選手自身、そういう激闘のような展開を。

大野 求めてますね。最高の相手だと思います。

――打ち合いの中で勝機を見出していく?

大野 少しでも勝つ確率を上げるためにディフェンスも修正してますけど、嫌でもそうなるだろうなと思うので、覚悟してます(笑い)。しっかり気持ちをつくって。

――東日本新人王決勝(2016年)の記者会見のときに映画が好きという話をしたのを覚えていて、『ロッキー』が好きということで。それが中学1年の冬ですか、石川ジムでボクシングを始めるきっかけになったんですか。

大野 あ、そうです。『ロッキー』を見て、カッコいいなと思って、自分でもできるんじゃねえかなと思って、始めました。

――『ロッキー』の中で印象に残っているのは?

大野 やっぱり、いちばん最初かな。あの泥臭い感じの。最後まで立って、世界チャンピオンと引き分けるじゃないですか。あれが印象に残ってるんですけど、ロッキー3、4とだんだんカッコよくなっていく感じも憧れます。僕にとってはヒーローを見るような感じで。

――シルベスター・スタローンの体つきも変わってね。

大野 すごいですよね。スターになっていく感じが。

――新人王のときのアンケートで「尊敬するボクサー」として長谷川穂積さん、フェリックス・トリニダード(プエルトリコ)と並んでロッキー・バルボアと。

大野 ロッキーみたいになりたいなと思いました。なれてるかな?(笑い)もっとロッキーみたいなボクシングを突き詰めたいです。

――今でも根本にはロッキーに対する憧れがある。

大野 それはあります。きっとロッキーも不器用で、僕も器用じゃないから。

――キーワードとして出た泥臭くても勝つというか。

大野 はい。でも、向こうも同じだと思うんですよね。藤田選手もボクサーとしては同じようなタイプだと思ってるんで。それがぶつかったら、どうなるのかなって。楽しみです。

■ボクシングにも感謝

――プロデビューしたのが19歳の11月だから、高校を卒業してから。ジムに入って、時間が経ったと言えば、経ってますね。

大野 ケガをしたり、気持ちの問題で行かなくなったり。何回もありました。だから、19歳で遅くて。粕谷(雄一郎=石川→角海老宝石→引退)は18歳で新人王を獲ってますよね。

――粕谷選手とは同世代ですよね。

大野 同い年です。ジムに入ったのも向こうが少し遅いぐらいで、真面目に練習してたのはあっちです(笑い)。

――そうなんだ(笑い)。粕谷選手は17歳でプロデビューして、高校3年生、大野選手がデビューする前の年の全日本新人王ですね。その姿を見て。

大野 あ、俺、向いてねえなって思いました(笑い)。

――俺も頑張ろうじゃなくて?(笑い)。

大野 俺も続こうとかじゃなくて(笑い)。他にも上野太一とか、宮地(隆佳)さんとか、僕より後にジムに入ってきて、どんどん先にデビューして。マジ、向いてねえのかなって思ってました。

――そんな感じだったんだ。練習に行ったり、行かなかったりで。

大野 はい。で、抜かれてばっかりで。だから、今は実感が湧かないというか。みんなは辞めて、僕が最後まで残ってやってるから。

――みんながたどり着けなかったタイトルマッチまで来ましたしね。

大野 もう、やるだけです。

――振り返れば、石川会長が地元・立川で開いた1回目の興行で、メインを任されたのが大野選手で。木村(文祐=JM加古川・当時)選手に1ラウンドで倒されて負けて(2019年2月)。そこからしばらく勝てなかったじゃないですか……3年4ヵ月か。

大野 長いですね(笑い)。

――その期間は苦しかった?

大野 いや……ずっと遊んでたんで、楽しかったっす(笑い)。ボクシングも辞めようと思ってたんで。何回もあります。辞めようと思ったことは。

――しばらく試合をしてなかった時期もありましたもんね。また戻ってきたのは?

大野 みんなのおかげなのかなと思います。僕ひとりじゃ戻ってないです。

――みんなのおかげというのは?

大野 ジムの(石川)会長とか、田中(二郎マネジャー)さん、ジムメイトとか、友だち、あとは家族……。家族ができたんで。奥さん、奥さんの両親。気にかけてくれたり、連絡をくれたりして。ひとりじゃないんだなって。人には恵まれてると思います。

――ボクシングを続けてこられたのは、ひとりじゃなかったから。

大野 いや、ほんとにそうです。逆にボクシングをやってなかったとしたら、ひとりだったと思うんで。ボクシングにも感謝です。

――(2022年6月に)同じ相手(木村)に同じ場所(立川)で勝ってから(6回終了TKO勝ち)、また流れが変わったと思います。試合後にトラウマを払拭できたと言っていましたが、あの試合については?

大野 そういう機会をつくってくれた会長には感謝しかないです。ほんとに腹をくくってやると決めてからの、あの試合だったんで。

――そこで腹をくくったのは?

大野 その前が2戦連続引き分けで。さすがにマズいなと思って。お客さん、応援してくれてる人がつまんねえだろ、求めてる試合じゃねえだろと思って。だったら辞めるか、やるなら本気にならなきゃなと思って、臨んだのが木村戦でした。

――で、リベンジを境に4連勝でタイトルマッチ。

大野 はい。次が勝負です。

■家族へ、ジムへ、恩返しのベルト

――先ほど、話に出ましたが、ご結婚されたのはいつ頃ですか?

大野 去年の12月です。

――まだ新婚さんだ。

大野 そうですね(笑い)。でも、ボクシングで(新婚生活は)味わえてないです。それも理解してくれて。奥さんは小っちゃい頃から日本拳法をやってて、

日本拳法で関西の大学に行ってたぐらいで。

――あ、そうなんですか。

大野 はい。強いんです(笑い)。お義父さんが日本拳法の道場をやってて、お義兄ちゃんもやってたんで。そういう一家なので。理解はあります。

――奥さんも1対1で競い合う経験があったから、大野選手の気持ちが理解できるところもあるんでしょうね。

大野 今も大会にも出てます。

――あ、そうなんですか(笑い)。

大野 はい。なんか引き寄せられたのかな? みたいな(笑い)。

左から石川会長、大野、田中マネジャー

――お付き合いは長かったんですか?

大野 3年ですね。付き合って、すぐに(2019年11月に)加藤(寿=熊谷コサカ)さんに逆転KO負けしてます(苦笑)。

――では、木村選手に負けた後だから、初めて勝つ姿を見せられたのは。

大野 木村戦です。負け、引き分け、引き分けだったんで。

――ああ……。タイミングとしては、就職して、結婚を考える人もいて、あの試合にいろいろな思いが集中していたんですね。

大野 そうですね。僕、勝っても負けても泣くことが多かったんですけど、木村選手に勝った日は泣かなかったんですよ。ここから始まりだなと思って。あれでランキングに復帰して、あれから泣いてないですね。麻生さんに勝ったときも泣かなかったし。

――ほんとに腹がくくれたからなんでしょうね。家族ができたことも大きいんじゃないですか。

大野 ああ、大きいですね。今があるのは向こうの家族が理解してくれて、応援してくれてるからで。ありがたいですね。僕はもう家族はいないんで。

――家族が?

大野 親父は、僕が22歳のときに死んじゃったんで。病気で。お母さんも、僕がジムに入って、2、3週間ぐらいかな、病気で。

――そうだったんですか……。

大野 親父は試合の前だったんですよ。(2018年10月に)中嶋(龍成=山龍)選手とやる前で。出るかどうか、ほんとに迷ったけど、会長に出ようと言ってもらって。ありがたかったですね。試合に出ておいてよかったなって、今でも思います。忘れられない試合です。

――出ておいてよかった。

大野 親父が死んで2週間後ぐらいで。これで負けたら、ただのかわいそうなやつじゃん、絶対に勝とうと思って。何回も心が折れかけたけど、辛いのを乗り越えて、何とかギリギリで勝てたんで(激闘の末、6回逆転TKO勝ち)。

――会長に背中を押されて。

大野 そうですね。まあ、あの試合だけじゃなくて、他の試合でもしっかりしろって、よく言ってくれるんで。そうですね。ずっと会長、田中さんには、お世話になってるんで、勝ったら、恩返しになるかなって。

――ジムとしては、日本チャンピオンはリック吉村さんが日本ライト級王座を返上して以来(2000年11月)になるから22年9ヵ月ぶり。日本タイトルマッチは真鍋圭太が日本S・フェザー級王座決定戦で小堀佑介(角海老宝石)に2回KO負けして以来(2006年1月)、17年7ヵ月ぶりになるんですね。

大野 すごいですね。

――(2005年5月に)先代の石川圭一会長が亡くなって、久美子会長がジムを受け継いで初の日本チャンピオンでもあるし。

大野 ああ。そう考えるとプレッシャーかかるじゃんって、思いますけど(笑い)。でも、気負いはないです。会社も応援してくれて、リックさん以来だし、めちゃくちゃプレッシャーだろうけど、リラックスして、楽しめてるし。もう、やるしかないから。

――誰でも立てる舞台じゃないですしね。

大野 そうですよね。すごいですね。勝ったら、もっとすごい。勝ちます。親父にも見せたいですね。勝つところを。親父はよく試合を観に来てくれて、多分、今も観てくれてると思うんで。上から。

――映画が好きになったのって?

大野 親父の影響です。完全に。

――だから、お父さんがきっかけをくれた。

大野 そうですね。このジムを探してくれたのも親父だったんですよ。僕がやりたいと言ったら、頑張れよって。お母さんには、最初は反対されて。

――その頃は闘病中だったんですね。

大野 そうです。

――お母さんは心配されていたのかもしれないですしね。

大野 はい。最後は認めてくれて、頑張れよーって、言ってくれたんで。

――途中、何度も辞めようと思ったこともあったけど、こうして続けてきて。タイトルマッチで大野選手らしい試合を見せたいですね。

大野 そうですね。僕らしい試合と言ったら、簡単に言えば殴り合いなんで。これがボクシングの醍醐味という試合を見せます。

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