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ハーンズがレナードと名勝負、ハグラーもついに参戦
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2020年6月22日 月曜日

1980年代に輝いた黄金の中量級レジェンド Part2 
ハーンズがレナードと名勝負、ハグラーもついに参戦

 偉大な1980年代の中量級バトル─。1980年6月20日、シュガー・レイ・レナードvs.ロベルト・デュランで幕を開けたストーリーは、トーマス“ヒットマン”ハーンズが登場で第2幕に突入する。続いてミドル級最強の“マーベラス”マービン・ハグラーが参戦して役者がそろうと、4人の抗争はますますヒートアップしていった。

こちらは試合前の記者会見

 1981年9月16日、ラスベガスのシーザースパレス特設リングには2万人を超える観衆が集まった。世界ウェルター級王座統一15回戦。デュランにリベンジしたレナードはクラスを上げてWBA・J・ミドル級王座を獲得し、再びウェルター級へ戻ってくる。そして31勝30KO無敗のWBAウェルター級王者ハーンズを迎え撃つことになった。

 ハーンズは“モーターシティコブラ”のニックネームでアナウンスされた。身長185センチ、リーチ199センチの体格をいかし、鋭いジャブを繰り出して上々の滑り出しだ。“天才”レナードはいつものようにスピードで圧倒したいところだが、ジャブを食らって左目が腫れ出し、なかなか思うように試合を組み立てられない。中盤、レナードは得意の高速コンビネーションで反撃を試みるが、形勢を逆転できぬまま試合は終盤へ突入していった。

レナード(右)は目を腫らしながらハーンズを追い込んだ

 劣勢の“スーパーエクスプレス”はこのまま敗れてしまうのか? しかしここからドラマチックな名勝負を生み出すところが、レナードのスーパースターたるゆえんだった。

 名伯楽アンジェロ・ダンディにげきを飛ばされたレナードは13回、疲れの見えるハーンズにプレッシャーをかけ、ラウンド中盤に右をコネクト。フラついたハーンズにラッシュをしかけるとハーンズがロープの間からエプロンに落ちるダウンだ。

 襲い掛かるレナード、フラフラになりながら懸命にサバイバルを図るハーンズ。試合会場が大歓声に包まれる中、ゴング間際にハーンズが再びロープ際に崩れ落ちた。ここは何とか立ち上がったが、14回にレナードがラッシュしたところで主審が試合をストップ。左目下を大きく腫らしたレナードが両手を高々と突き上げた。

 TKOタイムは1分45秒。13回までのスコアは125-121、125-122、124-122でハーンズがリードしていた。のちに80年代黄金の中量級バトルの中でも名勝負の一つと言われることになる試合は、レナードの勝利で幕を閉じた。

ハグラーvs.デュラン

 もう一人の主役、ミドル級統一王者ハグラーが満を持して登場するのはレナードvs.ハーンズの試合から2年後。1983年11月10日、階級をアップしてきたデュランとシーザースパレスで激突した。

 29歳のハグラーはこの年の5月、ウィルフォード・サイピオンを下してIBF王座を吸収。WBAとWBCを含めた統一王者になっていた。だれもが認めるミドル級最強のチャンピオンだった。

 対する32歳のデュランはライト級最強王者からクラスを上げ、同年6月にデビー・ムーアを破ってWBA・J・ミドル級王座を獲得。健在ぶりをアピールしていたものの、ずっとミドル級でトップを張ってきたハグラーには及ばないと思われた。

 しかし、ふたを開けて見るとハグラーがデュランにプレスをかけきれず、むしろデュランがうまく戦った印象を残した。ハグラーは13回までデュランにリードを許し、ラスト2ラウンドでチャージしての判定勝ち。最終スコアは144-142、146-145、144-143だった。

 デュランが思わぬ善戦、ハグラーが意外な苦戦という結果になったが、これによりレナード、ハーンズを交えた4人の抗争はさらに世界中のファンの興味を掻き立てることになったと言えるだろう。

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