アコスタが初の判定勝ち WBOフライ級王者、中谷潤人戦に前進
2021年3月19日 14時41分
2021年3月19日 11時48分
元WBO世界S・フェザー級王者の伊藤雅雪(横浜光)が現役続行を表明した。すでに2月22日、「あの日何が起きたのか」と題して配信された『A-SIGN BOXING公式YouTubeチャンネル』の動画コンテンツのなかで復帰の意志を示していたが、月が替わった3月1日に自身のSNSを更新。自らのことばで思いを発信した。
《現役続行!! あれが最後は絶対に嫌だ。》
昨年12月26日、三代大訓(ワタナベ)に0-2判定で敗れた直後は「自分よりもランクとしては下の選手に負けてしまったことは、選手として難しい、考えなきゃいけない状況だと思う。また国内で1からやるのかって言ったら、簡単には気持ちはつくれない」と心情を吐露していた。
だが、若き実力者の三代に「負けてしまった」という結果ではなく、あの試合内容では最後にはできないだろうと思っていた。伊藤が3年前、憧憬を込めて話してくれた“散り際”とは、かけ離れたものだったからである。
2018年の『ボクシングビート6月号』で、『平成生まれのトップ選手が語る「これぞ名勝負」』という特集記事を組んでもらったことがあった。余談になるかもしれないが、この企画を島篤史編集長にもちかけたのは、若い世代が、誰の、どのような試合を記憶にとどめ、あるいは影響を受けてきたのか、その一端でも知ることができればと思い、また彼らと同世代の若いファン・読者の共感を呼べたらと考えたからだった。
手分けして平成生まれのトップ選手15名に「我が名勝負」を訊ねた。それぞれ興味深い思いを語ってくれたなかで、異彩を放っていたのが伊藤の答えだった。彼のボクサーとしての死生観のようなものが表れているように感じられたからだ。
伊藤が選んだ“我が名勝負”とは
平成3年1月生まれの伊藤が挙げてくれたのは3試合。2015年11月21日のフランシスコ・バルガス(メキシコ)×三浦隆司(帝拳)、2013年12月31日の内山高志(ワタナベ)×金子大樹(横浜光)、2010年4月30日のフェルナンド・モンティエル(メキシコ)×長谷川穂積(真正)だった。
同じ階級の絶対的な世界王者だった内山に、日本王者として国内敵なしを証明した金子が挑んだ一戦は、当時はまだ日本下位ランカーだった伊藤が内山、金子とのスパーリング経験も踏まえ、これからの自分を照らし合わせて見ていた、という意味での思い入れが強いようだった。
そして「こんな言い方をしてもいいのか分からないですけど」と前置きした上で「散り際のカッコいい選手って、魅力的だなと思う」と語っていたのが、いずれも日本人世界王者が長期にわたって守り続けた王座から陥落したバルガス×三浦、モンティエル×長谷川である。
三浦がラスベガスでバルガスの挑戦を受けた時、伊藤はロサンゼルスにいた。同年夏に東洋太平洋王者となり、江藤伸悟(白井・具志堅スポーツ)との初防衛戦に向けた合宿中だった。自身の試合直前ということもあり、移動の負担を考慮して現地観戦は断念。ロサンゼルスの岡辺大介トレーナーの家でテレビ観戦した。
全米ボクシング記者協会をはじめ、多くの米メディアがこぞって年間最高試合に選出した「命を削り合うような」ダウン応酬の大激闘の末、三浦が9ラウンドで破れた一戦には「僕がチャンピオンになってから初めて向こうに行って、僕もそこ(ラスベガス)を目指していたので、熱いものを感じました」。とはいえ、「あんな死闘を繰り広げたいわけではないですよ」と苦笑いし、こうも言った。
「あれは生涯に1回あれば、という試合。もし自分のラストで、最高の相手とだったら、分からないですけど」
WBC王座を10連続防衛中の長谷川、3階級制覇のWBO王者モンティエルの“事実上のバンタム級王座統一戦”は、試合会場の日本武道館にいた。その18日前には交通事故で負った選手生命を絶たれかねない大ケガを乗り越え、初めてリングネーム“伊藤雅雪”として11ヵ月ぶりとなるプロ2戦目を戦い、新たな一歩を踏み出したところだった。
「お互いに速いし、当たらないし」という至高の技術戦に釘づけになり、「長谷川さん、(流れは)悪くない、悪くない、と思っていた」4ラウンド終了間際、予期せぬ一発をきっかけに突然幕を下ろした一戦を「終わっちゃった……って、唖然としたことを覚えてますね。衝撃が残ってる試合です」と振り返った。
試合内容としては対照的だが、どちらも琴線に引っかかったのが「ボクサーとしての散り方」だと言った。
「どれだけ積み上げて、積み上げてきたものがあったとしても散る時は散るものだし、あれだけ人の心を動かして散ることができるのは、それこそ記憶に残るものだと思うので、憧れたりもしますね」
取材は2018年4月。まだクリストファー・ディアス(プエルトリコ)とのWBO王座決定戦が正式発表になる前、内定という段階だったが、「もう僕の中では世界を獲ることだけ、ディアスを超えることだけ考えている」と、翌週に静岡・清水での走り込み合宿を控え、翌月には恒例となったロサンゼルス合宿を計画し、来たるその時を見据え、気持ちを高ぶらせていた時期のことである。
3ヵ月後、伊藤は米国フロリダ州キシミーで王座奪取を成し遂げることになる。
好カードとしても話題を呼んだ三代戦。同時に注目を集めたのがA-SIGN BOXINGが仕掛けた新しい興行のカタチだった。世界戦規模の試合会場に舞台演出、従来のテレビ中継並みの実況、解説、ゲストを配したYouTubeライブ配信を実現した。事前動画を段階的に配信して期待感を煽りながら、投げ銭システムで出場各選手への激励賞を募り、従来型のスポンサーにとどまらず、クラウドファンディングを活用するなどして資金を集めた。
三代、吉野修一郎(三迫)との国内ライト級ウォーズを制し、再び米国のリングへ――。壮大なストーリーを描いた伊藤自身、少なからず興行づくりに関わっていた。試合前、どうしても演出、予算、集客など、「興行全体に意識が向くことがある」と漏らし、「難しさはあるけど、それも含めてチャレンジ」と続けた。が、そこに落とし穴はなかったか。
“象徴的”に思えたのが試合当日の2人のグローブだった。
伊藤はディアスとの世界戦以来、「感触がいいから」と愛用し、一昨年9月の後楽園ホールでの再起戦でも使用していたエバーラストではなく、興行スポンサー提供のグローブを選択。何度も触れてきたが、三代は日本ボクシングコミッション(JBC)公認グローブ5種類すべての感触を念を入れて確かめ直し、最終的にウイニングの使用を主張した。三代は「少しでも勝つ確率を上げたい」と戦いの細部に至るまでこだわり抜いた。果たして伊藤はどうだったか。
伊藤雅雪の残りのストーリーとは
イメージほど、伊藤は器用なボクサーではない。「ひとつのことに何度も時間をかけて、ようやく自分のものにすることができる」。そう岡辺トレーナーに聞いたこともある。ジムで、ロサンゼルスで自分と向き合い、実戦のリングで試行錯誤を重ね、時間をかけて自分のボクシングをつくり上げてきた。それが伊藤雅雪だった。
1月で30歳。世界ランキングも失い、日本ライト級2位として再スタートする決意を伊藤はさらにSNSでこう綴っている。
《伊藤雅雪の残りのストーリーはどこに辿り着くのかはわからない。でもとにかくやり切るだけです。》
物語には必ず終わりがある。いつか“伊藤雅之”に戻らなければならない日はやってくる。最後まで“伊藤雅雪”としてリングで何を表現できるのか、そこにこだわり抜いた先でしか、結末はつけられないのだと思う。
(船橋 真二郎)
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