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苦節13年9ヶ月 日本S・バンタム級王者、古橋岳也の不屈ストーリー

2021年3月29日 11時11分

 2007年4月の初陣から13年9ヵ月、3度目の挑戦にしてベルトを巻いた不屈の33歳に話を聞かせてもらった。今年1月22日、激しい打撃戦の末、9ラウンド逆転ストップ勝ちで日本S・バンタム級王者となった古橋岳也(川崎新田)である。

古橋岳也

 デビューの翌年、2008年の全日本バンタム級新人王。8戦全勝2KOと無敗のままトーナメントを制し、東日本では敢闘賞、全日本では技能賞と3賞にも選ばれた。21歳の新人ボクサーとして順風満帆のスタートを切ったはずが、それからタイトル獲得まで12年1ヵ月もの歳月を要した。

全日本新人王獲得後に低迷「ボクサー古橋大輔は死んだ…」

 この間、自身の可能性を信じきれなくなり、ボクシングを諦めかけたこともあったという。「タイトルを獲ったからこそ言える話」と、2014年に本名の“古橋大輔”からリングネーム“古橋岳也”にした裏にあった、苦いエピソードを明かしてくれた。当時も理由を訊ね、答えを聞いても、どうしても腑に落ちなかったのだが「ボクサー古橋大輔は死んだと思った」というほど苦しんでいたとは……。

 そのあたりの事情は『ボクシングビート4月号』の「Eye of BEAT」特別編をご覧いただくとして、ルーキーチャンピオンに輝いてからタイトル奪取まで、ここまで時間のかかったボクサーはかつていたのだろうかと、ふと思ったので調べてみた。

 あまりにも過去では事情が異なるため、21世紀を迎えた2001年以降、20年間の全日本新人王に限定して、日本ボクシングコミッション(JBC)認定の日本、東洋太平洋タイトル獲得までの期間で見ることにした(2017年JBC正式承認のWBOアジアパシフィック王座は対象に含めなかった)。

 最長は2018年4月に2度目の挑戦で日本S・フライ級王者となった2004年新人王の久高寛之(仲里)で、13年4ヵ月かかっている。が、久高の場合、この間に4度の世界挑戦経験があり、同列に扱っていいかは判断が分かれるところかもしれない。そして、その次が古橋の12年1ヵ月だった。

 古橋とは新人王同期の細川バレンタイン(角海老宝石)は、タイトル挑戦4度目で苦労した印象があるが、念願叶えて日本S・ライト級王者となったのが2017年12月だから、それでも9年である。コロナ禍という不測の状況があったとはいえ、古橋がどれだけ長くかかったのかが分かる。

 ちなみに最短は日本5階級制覇の湯場忠志(都城レオスポーツ)からミドル級王座を奪った佐々木左之介(ワタナベ)の10ヵ月。さらに元東洋太平洋ミニマム級王者の小浦翼(E&Jカシアス)が1年7ヵ月、元日本ライト級王者の近藤明広(一力)が1年8ヵ月で続く(ページ下の一覧を参照)。

 新人王と言えば、古橋が初めて脚光を浴びたのが東日本新人王決勝戦だった。同門対決のみならず、同じ中学の野球部の1学年違いの先輩・後輩対決として話題を集めた。勝った古橋が涙にくれ、敗れた片桐秋彦が笑顔で後輩を称える。どちらのコーナーにもつかず、客席から張り裂けるような思いで見守っていた新田渉世会長が目に涙をたたえて2人を見つめる。そんなシーンを覚えている方も多いのではないだろうか。

転機となった新人王の“先輩・後輩対決”

 あれから12年の時が過ぎ、キャリア序盤の稀なる経験を古橋はどう捉えているのだろうか。その思いも聞かせてもらっていたのだが、誌面では書ききれなかったので紹介したい。

 「ボクシングの勝ちは敗者の上に成り立っているっていう、根底の部分を考えさせられました。(勝者は)あらためて責任が重い立場なんだなっていうことを思い知らされましたし、試合の重みというものを感じましたね」

 ともに勝ち上がり、決勝であたることになった時、当時41歳だった新田会長は22歳、21歳の若者にそれぞれ噛んで含めるように言い聞かせた。

 「殴り合いの競技であり、危険が伴うこと。試合後は否が応でも同じジム内で勝者、敗者の立場が続いてしまうこと。その2点を十分認識して、覚悟した上で決断してほしい」

 最終的に2人の意志が尊重され、正式に対戦が決まったのだが、古橋は「いま思えば、あの時は僕が子どもで、片桐先輩が大人だったなって思います」と振り返った。

左から片桐、新田会長、古橋。10年以上前のショット

 もともと担当トレーナーが別だった。特に厳密に時間帯を分けることもなく、“いつも通り”にジムワークをし、ジムで一緒になった時には会話もかわした。当時のボクシングビート誌に試合前の2人のコメントが残っていた。「チラッと辞退しようかなとも考えた」という片桐に対して、古橋は「先輩と戦うのを目標にしていた」「複雑だけど、うれしい」。同門対決の現実に直面するのは試合前日のことだったという。

 計量を終え、陣営ととともにそろってジムに戻り、用具をまとめて自宅に帰ろうか、という帰り際だった。「古橋、明日よろしく」。片桐のほうから手を差し出してきた。

 「『よろしくお願いします!』って、軽い気持ちで握り返したら、片桐先輩から『じゃ、これから試合が終わるまで、挨拶も一切なしな』って言われて。一気に重みがずしっと」

 試合当日の直前のアップでもリングの上で一緒になった。お互いに目も合わさず、声もかけなかった。そうして意識して緊張感を高め、率先して戦う気持ちをつくったのが年長の片桐だったということだろう。

 試合中は集中し、先輩を純粋に対戦相手として見た。すべてが終わり、判定が下された瞬間は「まったく勝ち負けは頭になかった」という。ただただ「張りつめていた」感情が解き放たれ、涙があふれた。

 新田会長のことばを痛感させられたのは試合後だった。

 「どこに行っても『先輩・後輩対決で勝った古橋』って必ず引き合いに出されたんで、そのたびに(片桐に)『申し訳ないな』っていう気持ちが出てきて。いま思い出しても気分が下がってしまうような、そんな試合ですね」

 新人王獲得後は勝ちと負けを繰り返し、思うように結果を出すことができなかった。いつしか勝敗だけにこだわるようになり、日々の練習さえ苦しくなっていく。きっかけになったのが“古橋岳也”として自ら望んだ海外修行だった。

 メキシコでプロモーターとしても地歩を築き、福井県で高校時代の元WBA・S・フライ級王者・清水智信(金子)、佐々木佳浩・寝屋川石田ジムトレーナー(元グリーンツダジムA級ボクサー)らを教えた古川久俊トレーナーのもとで単身5週間。メキシカンにまざってトレーニングの日々を送った。

 タイトル初挑戦となった2015年4月の小國以載(角海老宝石)戦の前、同年8月の石本康隆(帝拳)戦の前、そして2度目の挑戦となる2016年10月の石本との再戦の前の計3度。いずれも勝利には結びつかなかったものの、何より精神的な面から自分を見つめ直す機会になり、ボクシングを始めた頃の気持ちを取り戻せたことが大きかった。

2013年、片桐はメキシコで2階級制覇王者ジョニゴンに挑んだ

 一方の片桐。2018年に引退し、タイトル獲得こそならなかったが、キャリアの過程で後の日本王者、益田健太郎(新日本木村)、源大輝(ワタナベ)を破り、日本ランキング入りも果たした。が、何よりの勲章は2013年4月、日本でもおなじみの2階級制覇世界王者、ジョニー・ゴンザレス(メキシコ)と拳をまじえたことだろう。4ラウンドTKO負けも、メキシコのリングで世界的強豪と戦った経験はかけがえのないものになったはずである。

 興行はメキシコ対日本の対抗戦形式で行われ、日本チームをアテンドしたのが古川トレーナーだった。最初は海外に行くなら「フィリピンかな」とイメージしていた古橋に、新人王戦後からコンビを組んだ孫創基トレーナーがメキシコを勧めたのは、片桐の“ジョニゴン戦”があったからこその、川崎新田ジムとのつながりがあったからだった。

 古橋は片桐先輩に申し訳なかった、いま振り返っても気分が下がる試合と言った。しかし、今回のベルトは、勝敗の重みを胸に苦闘してきた古橋、悔しい気持ちをバネに這い上がった片桐、それぞれが同門決戦の経験を受け止め、ともに懸命に戦った軌跡の先にあったようにも思えてくるのである。

 「これから自分のベルトの価値を高めていきたい」と古橋は謙虚に言っていたが、長い長い自分自身との戦いを乗り越え、諦めずに手にしたベルトの価値はすでに高いと思う。あらためて思い返しても、久我勇作(ワタナベ)の強打に耐え、劣勢をはね返したタイトル奪取戦は、そのボクサー人生が凝縮されたような逆転劇だった。

(船橋 真二郎)

■2001年以降、全日本新人王のタイトル奪取までの最長・最短記録

<最長記録10>
①13年4ヵ月 2004 F級 → 2018.4 日SF級 久高寛之(仲里) ★この間に世界挑戦4度
②12年1ヵ月 2008 B級 → 2021.1 日SB級 古橋岳也(川崎新田)
③9年     2008 L級 → 2017.12 日SL級  細川バレンタイン(角海老宝石)
④6年1ヵ月  2009 W級 → 2016.1 日W級 新藤寛之(宮田)
⑤6年    2002 SF級 → 2008.12 日SF級 中広大悟(広島三栄) ★この間に世界挑戦1度
 6年    2010 L級 → 2016.12 日L級 土屋修平(角海老宝石)
⑦5年9ヵ月  2012 SF級 → 2018.9 日B級 齊藤裕太(花形)
⑧5年4ヵ月  2005 W級 → 2011.4 日・東洋W級 渡部あきのり(角海老宝石)
 5年4ヵ月  2007 LF級 → 2013.4 日LF級 田口良一(ワタナベ)
⑩4年5ヵ月  2006 LF級 → 2011.5 日LF級 黒田雅之(川崎新田)

<最短記録10>
①10ヵ月   2011 M級 → 2012.10 日M級  佐々木左之介(ワタナベ)
②1年7ヵ月  2015 Mm級 → 2017.7 東洋Mm級 小浦翼(E&Jカシアス)
③1年8ヵ月  2007 L級 → 2009.8 日L級 近藤明広(一力)
④1年10ヵ月 2010 Mm級 → 2012.10 日Mm級 原 隆二(大橋)
⑤1年11ヵ月 2009 Mm級 → 2011.11 日Mm級 三田村 拓也(ワールドスポーツ)
⑥2年2ヵ月  2016 F級 → 2019.2 日F級 中谷潤人(M.T)
⑦2年4ヵ月  2012 B級 → 2015.4 日B級 大森将平(ウォズ)
⑧2年6ヵ月  2005 B級 → 2008.6 東洋SF級 冨山浩之介(ワタナベ)
⑨2年8ヵ月  2012 Fe級 → 2015.8 東洋SFe級 伊藤雅雪(横浜光)
⑩2年11ヵ月 2013 M級 → 2016.11 東洋M級 太尊康輝(角海老宝石)

※対象タイトルは日本、東洋太平洋
※リングネームは最終のもの、ジムは最終所属で表記

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