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昨日の親子の敵は、今日の師弟―それいけ太一&関島トレーナー 異色コンビが3.14出陣

2023年3月9日 9時41分

 3月14日、後楽園ホールで開催される「フェニックスバトル98」で、日本S・フェザー級2位のそれいけ太一(KG大和=31歳、9勝5KO5敗)が佐藤諄幸(厚木ワタナベ=25歳、7勝4KO3敗2分)とのS・フェザー級8回戦に臨む。太一は昨年6月、大阪に遠征、当時2位の大里拳(大鵬)を2-1判定で破り、ランク返り咲きとともに一躍、上位進出を果たした。それを支えたのが関島祝巳(せきしま・よしみ)トレーナー。4年ほど前、太一が初めて日本ランクを奪取した時は、長男の優作さんと対角のコーナーにいたかつての敵だった。

それいけ太一(左)と関島トレーナー

「最初はやっぱり意識しましたよ」。太一が苦笑まじりに振り返る。「KGのみなさんがどんな気持ちか分からなかったですけど、(太一が)気を遣わないでもいいように気を遣ってくれてる感じもあったので」。当時3連敗中だった29歳。出稽古でよく訪れ、惹かれていた環境に「ボクシングを続けたい」一心で飛び込んだ。まさか関島トレーナーと組むことになるとは思わなかったが、「おおらかに受けとめてくれて。ありがたかったですね」。

「関島さん、どうしますか?」。片渕剛太会長が関島トレーナーに話を持ちかけたのは、担当選手がひとり辞め、ちょうど手が空いたからだった。一緒に移籍してきた高橋利之はケガで出遅れ、先に練習に来ていたのが太一だった。「これも何かの縁だしね。息子に勝ったやつが強くなってくれたらいいかなと思って」。屈託なく笑った。

 2019年5月。太一は前年の全日本新人王、関島優作の相手に指名された。初のランカー挑戦。勤めていたJAを退職し、ボクサーとして勝負をかけた。優作とはスパーリングで何度か手合わせし、「まともにやったら、勝てない」と実力差を感じていた。「めっちゃ研究しました」。身長、リーチで劣る変則タイプ。ストレート主体の端正なボクサー型のサイドを取り、独特のリズムに引き込むと4回にフィニッシュした。「作戦と気持ちで勝てました」。渾身の勝利だった。

「ずっと獲りたいと言ってきた新人王を獲れて、優作としては燃え尽きたのかもしれないね」。父は振り返る。試合前から気持ちの乗りの違いを感じていた。結局、次の試合を際どい判定で落としたのがラストファイトになる。当時22歳。体の線はまだ細かった。「体をつくって、これからと思ってたんだけど」。トレーナーとしては惜しい気持ちもあったが、「本人がその気にならないと」。昨年、還暦を迎え、「選手はみんな、息子みたいなもんだから」。穏やかな表情で言った。

関島優作さん(右)は18年に全日本新人王に輝いた

 親子三世代のボクサー。父・相原鬼怒夫さんは拳聖・ピストン堀口と“ドサ回り”をしていたこともあるという元プロで、関島トレーナーだけが元アマチュアボクサーになる。1980年、横浜高校3年の時、インターハイ2連覇の副島初見、プロで日本L・フライ級王者となる竹下鉄美ら、そうそうたるメンバーと、当時はまだ個人戦が行われていなかった国体で団体優勝を勝ち取った。ちなみに大橋ジムの大橋秀行会長は2学年下の後輩になる。

 コンビを組んでまだ期間が浅く、大阪であげた殊勲の「一番の要因はメンタル面」と太一は言う。まず昨年4月の移籍初戦に4回負傷判定勝ち。「とにかく硬くて、出来としてはよくない試合」(関島トレーナー)だったが、三瓶数馬(現・角海老宝石)、力石政法(緑)、溜田剛士(大橋)と3連敗、それもすべてTKO負けからの1勝の味は、ボクサーにとっては大きい。そこに代役として舞い込んだのが大里戦だった。

「自分はせっかちで、早く打とう、早く打とうとして、リズムを崩しちゃうところがあった」。そんな太一の性質はミットを受けていて、よく分かった。「もっとゆっくり、ゆっくりやろう。一呼吸置いて打つぐらいでいいよ」。声をかけ続けた。「変則なんだけど、体幹が強くて、芯がブレないのが太一のいいところ。なおさら、ゆっくり、しっかり構えて打てば、もっと強いパンチが打てる」。試合に向けて、「根を詰めすぎる」太一に「もっと抜いても大丈夫」と心の余裕を持たせたのも関島トレーナーだった。

「試合との向き合い方を教えてもらって、心の準備ができて。パフォーマンスを発揮できるようになったと思います」

 神奈川県の強豪校、日大藤沢高校でサッカーに打ち込むなど、運動能力は高かったが、「不器用で、教えたことを自分のものにするまで時間がかかる」というのが関島トレーナーの太一評。「ただ、その分、一生懸命やるから、逆に自分のものにすると忘れない。今、どんどんよくなってますよ」。大阪以来のリング。身に着けてきたものを示すのはここからか。

 4月1日、S・フェザー級のチャンピオンカーニバルで、日本王者の坂晃典(仲里)に1位の原優奈(真正)が挑む。いずれに勝敗が転んでも1位の座は空くことになる。「年内にタイトルマッチ、または秋の最強挑戦者決定戦」(関島トレーナー)の目標に近づくためにも負けられない。

「正直、僕はぴょこっと上がってきた人間としか思われてなくて、あまり認められてないと思うんですね。相手は前の僕と一緒で死に物狂いでくると思うんで、油断できないですけど、存在感を見せられるようなKOで勝ちたい」

 本名は水島太一。2014年5月、今では同門になった同い年の阿部麗也の前に初回KOで敗れ、結果的に4年2ヵ月のブランクをつくったことがあった。復帰に際し、「それいけ」と名乗ったのは、「変わった名前で、プロとして覚えてもらいやすい」こと、また「見てくれる方に活力を与えるのがプロスポーツ選手の使命」の考えのもと、「みなさんに勢いをつけるような名前にしたかった」から。

 そして、「この名前でやっている以上は、挑戦しないわけにはいかない。自分を奮い立たせる意味もありました」。プロボクサーとして決意を込めたリングネームとともにタイトルを目指す。(船橋真二郎)

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