王者・出田裕一、奮闘の加藤寿を5回でストップ 日本S・ウェルター級V3
2024年10月9日 1時43分
2024年10月6日 11時01分
10月8日、東京・後楽園ホールで行われる日本S・ウェルター級タイトルマッチはベテラン対決となった。試合の前日に40歳の誕生日を迎える王者の出田裕一(三迫/18勝9KO16敗1分)、39歳の挑戦者で同級3位の加藤寿(熊谷コサカ/12勝8KO12敗2分)、ともに1年違いのプロデビューから20年近く、それぞれ波瀾万丈のボクサー人生を歩んできた。
出田は茨城県立松丘高(現・高萩清松高)時代にインターハイで準優勝、東京農大を1年で中退し、名門ヨネクラジムから2005年4月に1ラウンドKO勝ちでデビュー。無傷の12連勝を飾り、全日本新人王にも輝いた。だが、そこから坂道を転げ落ちるようにキャリアは暗転する。
10年間の戦績は1勝15敗1分。11連敗も喫した間には、一度は引退して4年のブランク、ジムの閉鎖、三迫ジムに移籍と紆余曲折あった。それでも「自分の成長を感じていた」という出田は2020年12月、実に約10年ぶりとなる勝利をあげる。
さらに初のタイトル挑戦でベルトを奪取するのは、1ラウンドTKO負けを喫した次戦、6ヵ月後の2022年11月のことだった。その王座奪取戦の激闘の代償に今度は網膜剥離を発症。手術、療養を経て復帰後、ここまで2度の防衛に成功している。
自分が今より強くなるために――。数々の困難に直面しながらも、初めてグローブを握った15歳のときから、思いはずっと変わらないという。自分のボクシングを追求することが好きで、どこまでも楽しくて……「気がついたら、ここまで来ていて、この年齢になっていた」と出田は笑う。
暫定王者の中島玲(石田=引退)、指名挑戦者の小林柾貴(角海老宝石)、出田が防衛戦で退けてきた相手は、そのまま加藤が連敗している相手と重なる。「周囲には勝って当たり前と見られる」と出田。今回は「どう勝つか」を自身に求めるという。チームの力、応援の力も借りて、「手数で圧倒して、倒して勝つ」と力強く宣言した。(取材/構成 船橋真二郎)
■5月に第2子が誕生
――2月の小林柾貴選手との2度目の防衛戦から8ヵ月と、少し試合間隔が開きましたね。
出田 あの、5月に第2子、男の子が生まれて……今は元気でいるんですけど、いろいろありまして。練習に来られない時期もあったので。(三迫貴志)会長のはからいもあって、少し期間をあけてくれたのかなと思います。
――今はお子さんも、新しい家族を迎えての生活も落ち着いて。
出田 落ち着いてます。娘のときは育児を妻に任せて、私は家事のほとんどをやる感じだったのが、より育児に参戦してるんですけど。生活リズムも確立されて、練習にも集中できるようになったので。
――やはり以前と生活リズムの変化はありますか。
出田 仕事の勤務時間は変えました。今までは朝早くから仕事してたんですけど、それが午後になったので。
――仕事というのはパーソナルトレーナーですよね?
出田 そうです。仕事自体は変わらないんですけど、今までは朝、仕事して、夕方、ジムに行く感じで、間に体を休める時間があったのが、午後に仕事して、終わったら、すぐジムに練習に行くという流れになったので。少し慣れるまで(時間が)かかりましたけど、今は。
――そういう意味では、これまでとは違う環境の中で。
出田 そうですね。確かに。新しい状況の中で迎える試合ですね。
――第2子が生まれて、気持ちの面でまた違うところもありますか。
出田 ん? いや、ないです。特に何も(笑い)。
――では、試合の前日に40歳になって、初めて迎える試合になりますけど、それについては?
出田 いや、特に何も。はい(笑い)。
■気が引き締まったスパーリング
――今回が3度目の防衛戦で、年齢も近いサウスポーの加藤寿選手が挑戦者になります。印象は?
出田 3年前か、4年前だったか、結構、前なんですけど、私がチャンピオンになる前に一度だけ、スパーリングをしたことがあって。スタイルとしては、脚を使って、本道を通るサウスポーというか。
――要は正統派のサウスポーらしいサウスポー。
出田 そうですよね。はい。
――ざっと戦績を見た限り、対サウスポーには結果を残せていないですよね。
出田 ああ、そうかもしれないですね。誰だ……? (渡部)あきべえ……、和宇慶(勇二)くんも?
――和宇慶選手もそうですね。あとは新藤(寛之)選手。
出田 あ、新藤くん。
――勝ったのは、懐かしい国際ジムの千葉透選手が最後で(2008年7月)。
出田 ああ! 千葉くん!
――で、直近が(2022年5月)重田(裕紀)選手に1ラウンドで倒されて。あのときはケガ(左足の痺れ、肋骨骨折)があったんだと思いますけど。
出田 そうですね。はい。
――サウスポーに対するやりづらさ、苦手意識などは?
出田 ないですね。うん。ないです。加藤さんとのスパーでも、やりづらさを感じた覚えはないです。
――加藤選手は暫定王座決定戦で中島玲選手、挑戦者決定戦で小林柾貴選手に負けて、その2人に出田選手は勝って、防衛していますけど、それについてはどう考えますか。
出田 まあ、周りには勝って当たり前と見られるのかなと思います。それに私も便乗じゃないですけど、言ってしまえば、中島くん、小林くんよりは怖さは感じてないです。そういうのが油断になって、よくない展開になって、結果として悪い形になるかもしれないんですけど、怖さはないと思ってても、別に油断することもなく。
――知らず知らず、気の緩みにつながる可能性もあると。
出田 はい。むしろ、気が緩んでました。最近、アマチュアのサウスポーとスパーリングさせてもらったんですけど、すごく上手で、追えなくて、(距離を)詰められなくて。あ、こういう空回りして、消化不良な感じに終わって、結果、負けてたみたいな展開もあり得るなというのを経験させてもらえたので。そこで気が引き締まりました。それが多分、油断だったのか。
――ある意味、そういう自分に気づかされたというか。
出田 はい。戒められたというのはあります。すごくいい刺激を受けましたし、勉強させてもらいました。
■「勝つ」「勝ちたい」ではなく、「倒して勝つ」
――出田選手は、相手によって「勝つ」とか、「勝ちたい」とか、自分の心情にぴったりくる言葉を自分の中に持って、その試合に向かってきたのが印象的なんですけど。中島選手には「勝ちたい」。小林選手には「勝つ」。今回は?
出田 まあ、「勝つ」を自分に繰り返し言って、特に違和感は感じなかったんですけど、どこか「勝つ」だけだとフワフワして、しっくりこなかったので。じゃ、「どう勝つか」だなと考えて。
――「勝つ」だけじゃなくて、「どう勝つか」。内容を求めるということですね。
出田 そうですね。で、やっぱり、自分の潜在意識として、私が勝った2人(中島、小林)が勝った相手で、どっちも倒してるというのがあるからなのか、今は「倒して勝つ」という言葉になりました。
――「倒して勝つ」。今までになかった言葉ですが、ただ前回、お話を聞いたとき、ベースになる自分のボクシングの中に効かせるパンチ、倒せるパンチを加えていきたい、ということは言っていましたよね。
出田 そうですね。まあ、私は一発では倒せないですし、そうなってしまうと相手の術中にハマって、相手の距離で戦うことになってしまうと思うので。手数で圧倒して、倒して勝つという感じですかね。
――言葉を換えると明白な差を見せて勝つと。
出田 はい。もちろん、自分の力だけじゃなくて、チームの力、応援の力も借りて、ですけど。
――そこはタイトルを獲った試合からの新たな意識として変わらず。
出田 そうですね。大前提として、そこは変わらないです。
■“中年の星”ではない
――あらためて加藤選手は同年代で、現役として戦い続けているわけですけど、共感するというか、何か感じるところはありますか。
出田 加藤さんは一度、辞めてということもなく、ずっと続けてきたんですよね?
――いえ、3年半、離れたこともあるので。
出田 あ、あるんですか。それはすごいですね。いや、試合をする相手なのに他人事のようなことを言いますけど、頑張ってほしいな、と(笑い)。まあ、若い人たちとか、同年代の人たちから見たら、すごいことだと思うので。素直に頑張ってほしいな、という気持ちですね。
――出田選手もすごいじゃないですか(笑い)。
出田 いや、自分事としては、別に感じてないですし、すごいなんて思ってないですけど、他人のことで聞くと(笑い)。
――すごいなと感じますか(笑い)。
出田 すごいなと感じます(笑い)。
――出田選手自身も、この年齢でチャンピオンになって、防衛もしてきて、となると同じような見方をされると思いますけど。
出田 うーん……。いや、何とも思わないというか、思わないようにしてるのかもしれないです。もしかしたら。
――よく“中年の星”と呼ばれて、そういう年代の人たちの励みになることを自分の励みにする選手もいると思いますけど。そのモチベーションはない。
出田 ないです。むしろ、嫌ですね。嫌プラス、そういった自信はないです。自分は40歳でチャンピオンだから、励みにしてもらいたいとは思わないし、そんな励みにするほどじゃないよ、みたいな。まあ、自分以外のそういう人を見たら、勝手に励みにするかもしれないですけど(笑い)。
――ああ(笑い)。
出田 はい(笑い)。まあ、その人がどういう思いでいるかは分からないですけど、そういう立場に仮に自分がなったところで、そういう自信はないですし、私がそう感じてしまったら、自信ではなく、傲慢になってるんじゃないかなと思うので。そうならないように自分を律しているのか、分からないですけど。
■ここまで続けてきたモチベーション
――以前、話していたのは、ボクシングを始めた高校生のときから、練習の中で、自分でいろいろ考えて、試して、新しい発見をしたり、追求していくことが好きで、楽しくて。それが変わらず続いているイメージなんでしょうね。
出田 あ、そうですね。
――あらためて、そう思ったのは、ユーリ阿久井(政悟)選手が東京ドームの防衛戦の前、三迫ジムで川満(俊輝)選手とスパーリングをするのをたまたま見させてもらったときで。
出田 ああ、ありましたね。
――隣で一緒に見ていたと思うんですけど、プレッシャーをかける阿久井選手の動きがとてもスムーズで、まったく力みがなくて、パンチを打つ一瞬とか、入れるべきところでグッと力を入れるような。
出田 はい、はい。(しみじみと)いや、巧かったですねー。
――そんな感じで「巧いな、巧いな」と隣でずっとつぶやいていて(笑い)。こういうことなんだろうなと思ったのは、巧いな、こんなふうにやりたいな、やってみようとか。
出田 あ、はい。面白い動きしてるなとか、ヒントをもらったりしてますね。で、観察していて、多分、前までは分からなかったことが分かるようになったし、理解も深まって、面白いなと感じるし、理解するに至るまでも早くなったというのも感じます。
――そういうものなんでしょうね。だから、15歳から25年、24年ですか。これだけやってきても、面白いというのはずっと変わらなくて。
出田 はい。変わらないですね。
――ボクシングを追求するのが、とにかく面白くて、楽しくて。続けていたら、40歳になっていたぐらいの(笑い)。
出田 あ、そうですね。俺は40歳になるけど、頑張ってて、チャンピオンになった、すごいだろ、みたいな感覚はなくて。自分が今より強くなるために。で、気がついたら、ここまで来ていて、この年齢になっていた。そういう感じですね。確かに(笑い)。
――だから、まだやることがあるし、まだまだ続けたい。
出田 はい。極端な話、ベルトを守り続けたい、みたいなのも別に(笑い)。ただ、チャンピオンだからこそ、続けられてるというのはあるので。
――毎回、訊いているかもしれないですけど、変わるかもしれないので。今後の目標というと?
出田 目標、今後ですか。まあ、もっと上にとか、これに勝って、次はこうしたいとかは、まったくないです(笑い)。
――目の前の決められた試合に勝つ。
出田 そうですね。決めてもらった試合に。
――今回は加藤選手に勝つというミッションを与えられたから、それに向けて。
出田 はい。今回は手数で圧倒して、倒して勝つ。それを目標に。
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