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2022年8月16日 火曜日

元世界王者の久保隼 引退インタビュー 大学ボクシング部中退から世界王座獲得、引退まで…

 今年4月の試合を最後にグローブを壁につるした元WBA世界スーパーバンタム級チャンピオン、久保隼に話を聞いた。大学のボクシング部を退部し、一度はリングに決別しながら、プロに転じて18戦。世界の王座に上り、それを手放してどん底も見たボクサー人生を振り返る。=ボクシング・ビート9月号より=

 7月下旬、神戸で会った久保は現役時代同様に柔和な顔をしていた。減量の必要がなくなった体つきは少し肩回りが大きくなった印象がする程度。久保は176センチの長身をフェザー級に留めていたサウスポーだった。

 今年4月、後楽園ホールで元日本チャンピオンの佐川遼(三迫)に3回KO負けを喫したのがラストファイト。痛烈なダウンを喫したことを久保本人は当初覚えていなかった。引退が明らかになったのは6月のことだったが、試合後すぐに母親に決断を伝えていた。

 自身のフェイスブックにはこう報告した。「戦う人としての心も体もつくれないこと、これに尽きます」

 1990年4月8日、京都市の生まれ。インターハイ出場経験を持つ元ボクサーの父・憲次郎さんの影響で中学3年から南京都高校(現京都廣学館高校)の道場に通い、武元前川監督(故人)の指導を受けた。

 高校ではボクシング部主将を務め、2008年インターハイ・フェザー級準優勝。東洋大学に進むも、3年でボクシング部を退部した。ちなみにボクシング以外で久保が最初に持った夢は教師で、一時は教員免許取得を目指していた。

 大学のボクシング部をやめた久保だが、しばらくしてボクシングの虫がうずき出す。就職活動用に買ったスーツは一度も着ず、ただ走りまくる日々。卒業後、親しかったマルコム・ツニャカオに練習に誘われたのを機に、神戸・真正ジムに入門した。アマチュアに戻ることはできなかったのでプロになろうと決意した。

 13年5月17日にデビュー。スタンスは高校でサウスポーとなったが、リーチがある上にもともと利き腕の右を、リードジャブに、ストレートに駆使して台頭した。17年4月9日、WBA世界S・バンタム級王座に上った。大阪府立体育会館第1競技場のリングに立った久保は、王者ネオマール・セルメーニョ(ベネズエラ)に挑戦。7回にダウンを奪われもしたが、これにめげず奮起して攻め続け、11回終了時点でセルメーニョを棄権に追いやった。

 試合前の久保はリングに上がって周囲に挨拶をしたりして初挑戦にも余裕を感じさせたが、これは普段通りのことを行っただけと言っていた。現にゴングが鳴ってからの集中力に乱れはなく、序盤から左ボディーを効果的に打ち込んでいく。あとでこのキーパンチについて「前哨戦の後で初めて練習した」と明かして、もう一度記者を驚かせたものだった。それを大舞台でうまく当てる技術はもちろん、ボクサー型の久保が接近戦でためらわずに合わせる勇気を示したからだった。‥

 「等身大のチャンピオン、去る」久保隼引退記事全文は発売中のボクシング・ビート9月号に掲載しています。

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