2018年5月25日金曜日

日英対決新時代 井上尚弥が新たな道を切り開く

 きょう25日、WBA世界バンタム級王者ジェイミー・マクドネル(英)に日本の至宝、井上尚弥(大橋)が3階級制覇をかけてチャレンジする。世界タイトルマッチにおける日英対決はこれまでわずか10試合。これを機に貴重とも言える日英対決の歴史を振り返ってみると─。

 両国の対戦は65年前の白井義雄vsテリー・アレンを皮切りに最新は昨年10月のカリド・ヤファイvs石田匠。10というのは当時は日本未公認だったIBF戦1試合を含めての数字である。通算成績は日本の4勝6敗。日本での試合はすべて日本人選手が勝ち、イギリスではすべて英国人が勝利している、というのは分かりやすい。

 英国人世界王者が日本で試合をするのはマクドネルが初めてだ。逆に、井上がマクドネルに勝って英国で防衛戦に臨めば、同国で世界戦を行う初の日本人世界王者ということになる。

 さて、日英対決をおおざっぱに年代別に見てみよう。70年代までの「第1期」に4試合が行われている。タイトルマッチの舞台に上がった日本勢は白井を筆頭に、ファイティング原田、関光徳、ガッツ石松と豪華そのものだ。

 白井、原田、ガッツは勝利したが、関は敵地で涙を飲んだ。当時、東洋無敵を誇った関は4度の世界挑戦に失敗し、背水の陣でハワード・ウィンストンとWBCフェザー級王座を争ったが、9回に右目の負傷で無念のレフェリー・ストップ。これがラストファイトとなった。

 ガッツが下したケン・ブキャナンは世界的に名の知られた選手だった。元WBA・WBCライト級王者で、のちに殿堂入りを果たしている。ガッツと対戦したときはピークを過ぎていたとはいえ、ブキャナンに勝利したことでガッツの評価はグッと上がった。

■世界戦における日英対決(左側が勝者)

①1953年10月27日(後楽園球場) 世界フライ級
白井義男[15回判定]テリー・アレン
(白井が3度目の防衛に成功)

②1965年11月30日(日本武道館) 世界バンタム級
ファイティング原田[15回判定]アラン・ラドキン
(原田が初防衛に成功)

③1968年1月23日(英ロンドン) WBCフェザー級王座決定戦
ハワード・ウィンストン[TKO9回1分44秒]関光徳

④1975年2月27日(東京都体育館) WBCライト級
ガッツ石松[15回判定]ケン・ブキャナン
(ガッツが3度目の防衛に成功)

⑤1987年7月1日(英ケンジントン) IBF・S・ライト級(JBC非公認)
テリー・マーシュ[TKO6回]亀田昭雄
(マーシュが初防衛に成功)

⑥2010年10月24日(両国国技館) WBC・S・バンタム級
西岡利晃[12回判定]レンドール・ムンロー
(西岡が5度目の防衛に成功)

⑦2014年11月22日(英リバプール) WBA・S・バンタム級
スコット・クイッグ(英)[12回判定]大竹秀典
(クイッグが5度目の防衛に成功)

⑧2015年6月13日(英ブリストル) IBFバンタム級暫定王座決定戦
リー・ハスキンス[TKO6回2分10秒]岩佐亮佑

⑨2017年5月13日(英バーミンガム) WBA・S・フライ級
カリド・ヤファイ[12回判定]村中優
(ヤファイが初防衛に成功)

⑩2017年10月28日(英カーディフ) WBA・S・フライ級
カリド・ヤファイ[12回判定]石田匠
(ヤファイが2度目の防衛に成功)

 表を見ても分かるように、第1期から日英対決はしばらくの間すたれてしまう。この時期は87年に亀田昭雄がIBF・S・ライト級王者テリー・マーシュに挑戦して敗れた試合が唯一の世界戦だ。ちなみにマーシュはてんかん発作に悩まされ、この試合を最後に無敗のまま引退したという逸話を持つ。

 マーシュと亀田の一戦から23年、2010年に西岡利晃vsレンドール・ムンローが実現した。そして近年は日本人選手が英国に渡って世界戦の舞台に上がるケースが増えている。大竹秀典、岩佐亮佑、村中優、石田匠は4人ともイギリスで敗れた。とはいえ、交流の活発な「第2期」が始まったと言えるだろう。

 その理由はイギリスのマーケットが好調であることに他ならない。高いファイトマネーが払えるところに選手が集まるのは世の常。石田が出場したイベントは統一ヘビー級王者アンソニー・ジョシュアがメインを務め、会場のプリンシパリティー・スタジアムは7万8000人の観衆で埋め尽くされた。

 いまや大盛り上がり(なんせサッカースタジアムが満員だ)の英国リングにあこがれる日本人ボクサーは少なくないだろう。井上が英国で爆発的なパフォーマンスを見せれることになれば、両国のボクシング交流は一気に加速するかもしれない。


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