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親子で目指す世界 S・ライト級世界ランカー 平岡アンディと父ジャスティス氏に聞く

2023年1月17日 15時25分

 昨年はタイトルマッチに4戦4KO勝ち。日本とアジアの2冠王、平岡アンディ(大橋)と父のジャスティス・トレーナーはいよいよ次のステージを見据える。親子で目指すは、世界のスーパーライト級王座――。Blade(刃)と称すそのボクシングを語ってもらった。《ボクシング・ビート2月号より》

左からアンディ、飯田さん、ジャスティスさん

アメリカ修行で世界観がかわった

飯田 きょうはお父さんと一緒に、どうぞよろしくお願いします。『さんまのSUPERからくりTV』、もう懐かしいね。
平岡 最後の特別バージョンが2019年でしたが、9歳10歳の頃に妹と初めて出させてもらいました。

飯田 そっかあ、長いねぇ。
平岡 あの頃は上がり症で、いまでも「あっ泣き虫少年だ」なんて言われます(笑い)。けど、当時とかわったのはやはりメンタル面です。昔は試合に出る前からすごく緊張して家に帰りたくなって、足もガクガクしていましたから。

飯田 どうやって強くなったの?
平岡 お父さんの指導が厳しかったのもあります。子どもの時はお父さんが怖かったのもあるんですよ、それで上がり症。試合とお父さんのダブルで怖かった。でもいまは関係性も絆も強くなりました。それに海外遠征に18歳で出て、世界観がかわっていきました。それまで日本しか知らなかったので。

飯田 アメリカだっけ?
平岡 合計で1年ぐらい、行ったり帰ったり。

飯田 それはタフになるよね。デビューしたのはその前だよね。
平岡 そうです、17でプロになって18で新人王に出ました。ただ、全日本新人王はインフルエンザで棄権しました。ランカーになれず全然試合が決まらなかったので、アメリカに行こうかと。

飯田 そうだったんだ。ランキングを持っていれば別だけど、相手からしたら強いし敬遠されるよね。ということは、その全日本新人王戦を逃したのが逆に大きかったんだね。それがきっかけになり、一人で修行の旅に。
平岡 海外で試合するのもアリだと思ったんです。向こうで実力を出して、プロモーターに認められればという思いもあったんですが。最初はイングルウッドってギャングの街でした。そこではアル・ヘイモンがスパーリングを見に来るという機会もあったんですよ。

飯田 PBCの。へーっそれで?
平岡 かなりよかったんですよ。それで契約するみたいな話にもなったんですが。また、ラスベガスのメイウェザージムにも行きました。向こうは弱ければ認められないし、すごく分かりやすい国だなと思いました。暴言も吐かれたし。

飯田 罵声のような?
平岡 ええ。メイウェザージムには“ドッグファイト”って、ボロボロになるまでやるスパーリングがあるんです。3分でなく20分間戦わせたり。

飯田 えっ。ラウンドで区切らないということ? 決着つくまで、ということだ。初めて聞いた。練習としてやるの、それ?
平岡 なんか、皆が見てました。

飯田 見世物的な。
平岡 ジャングルみたいでした、激しいジムでしたね。

飯田 弱肉強食というか、弱ければ捨てられる。19歳ぐらいだった? すごい経験だね。
平岡 正直、きつかったですね。

飯田 その時点ですでに泣き虫アンディじゃないもの。やる? と聞かれてもやらない選手が山ほどいるけど、それを自分から飛び込んでさ。やはり本気度というか、自分がチャンピオンになりたいという思いで行ったんだろうしな。
平岡 アメリカには行って本当によかったと思います。行く前は怖かったですけども。

 父ジャスティスさんの話も興味深い今月の対談。記事全文は発売中のボクシング・ビート2月号に掲載しています。

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