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片山慈英士さんは世界王者、京口紘人の後輩だった
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2021年2月22日 月曜日

マチュピチュに7ヶ月足止めで注目 
片山慈英士さんは世界王者、京口紘人の後輩だった

 空中都市として知られる南米ペルーの遺跡、マチュピチュを訪れた日本人青年がコロナ禍で7ヶ月にわたって足止めをくらうはめに―。昨年10月、「マチュピチュ遺跡を独占」と報道されて話題となったのが片山慈英士さん(26)だ。=ボクシング・ビート3月号より=

世界一のボクシングジムづくりを目指す片山さん。マチュピチュにて=本人提供

 片山さんは大阪商大ボクシング部出身で、現WBA・L・フライ級スーパー王者の京口紘人(ワタナベ)の1年後輩という元アマチュアボクサー。近い将来にボクシングジムを建てる計画を立て、「ただのジムでは面白くないので、世界中のジムを回っていいところを集めてやろう」とグローブとミットを手に海外へ飛び出し、世界27ヵ国を回ったところで、ペルーのマチュピチュ村に到着。

 明日は遺跡を見学しようとしたところでコロナ禍により遺跡は閉鎖。移動も禁止されたため約7ヵ月現地に足止めされた。これが話題となり、当局の計らいで一人見学が許される。片山さんは世界中のメディアから取材が殺到し、一躍時の人となった。

 片山さんは大阪・堺生まれの奈良育ち。奈良ジムでボクシングをスタートし、二階堂高時代には県大会でのちのリオ五輪代表選手、森坂嵐に2勝したこともある。奈良の国体チームではWBC・L・フライ級王者、寺地拳四朗(BMB)と一緒だったという。

「京口先輩と寺地さん。2人の対戦を今から楽しみにしています」

 進学先の大阪商大では14年の全日本大学王座決定戦で東の日本大と対戦。チームは4-7で完敗したものの、個人では京口とともに貴重な勝利を収めて日本大に一矢報いた。

 卒業後は奈良ジムでトレーナーを務め、オーストラリアで2年間生活したのを皮切りにアジア、アメリカと回って行く先々のジムを見学し、練習させてもらった。「中南米でデング熱にかかり死にかけました」というピンチを乗り越え、アフリカから再び中南米へ。

 片山さんはトリニダード・トバコの祖父を持つクォーターだが、訪れたかったルーツの地にたどり着く前にペルーで人生が一変した。マチュピチュで身動きがとれなくなった間に、地元の子どもたちにボクシングを教え続けたというのは立派というしかない。

 今回の件でマチュピチュ村の観光親善大使にも任命された片山さん。現在は夢に挑戦する人たちが住む無料シェアハウス、都内のTokiwa-Souに暮らし、世界一のボクシングジムを作るための準備に奮闘している。

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