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ホルヘ・リナレスのプロ生活を振り返る ビート12月号より

2023年11月18日 15時16分

 10月21日に英国リバプールで地元のジャック・カテラルに12回判定負けを喫したホルヘ・リナレス(ベネズエラ=38歳)は、この試合をラストにすると言った。17歳で来日してスタートしたプロ生活は21年に及び、通算56戦47勝29KO9敗。この間にフェザー~ライトまで3階級制覇。最後の目標に掲げていた「5度目の世界王者」こそならなかったが、偉大な足跡を残した。《文:本間暁/ボクシング・ビート12月号より》

 すでにすべてを悟っていたのだろう。結果を告げられたリナレスは、微笑をたたえて左腕にはめたグローブで勝者を指し示し、抱擁を交わす。悔しさがないはずがない。けれども、いつも通りの潔さに加え、清々しさすら醸し出す。その後の決断は、この時点であらかた予想できた。

 4連敗。“始まり”となったデビン・ヘイニー(米)への挑戦こそ「惜敗」と表現できようが、その後の3試合では現状をまざまざと見せつけられた。受け入れがたい現実を、今度こそ受け止めなければならない。

 「まだまだ見ていたい」「戦い続けてくれ」。長年熱烈に応援し続けてきた日本のファンも、もう彼に無茶を強いることはできない。きっと誰もが総立ちで、心の底から労いの大きな拍手を贈るはずだ。

 ベネズエラ・バリナス出身。プロボクサーだった父親の影響で、6歳でボクシングを始めると、同国のジュニア選手権など、アマチュアで台頭した。ニックネームは「エルニーニョ・デ・オロ」。英語にすればゴールデン・ボーイ。あのオスカー・デラホーヤ(米)の代名詞である。その“元祖ゴールデン・ボーイ”が唯一無二のアイドルだった少年にとって、これほど嬉しく、ふさわしい言葉はなかっただろう。

 ベネズエラといえば、ホープだった葛西裕一がかつて長期滞在しキャンプをこなしつつ、武者修行の試合も行った地。そういったパイプに加え、世界にアンテナを張る本田明彦会長の目に、ホルヘ少年が留まった。

 同国の情勢は当時から不安定で、治安も当然のごとく芳しくない。スター選手のみならず、“候補生”さえも食い物にしてしまう勢力も数多存在する。そうして消えていった逸材は、悲しいことに歴史上、後を絶たない。「原石を埋もれさせてはならない」。本田会長にはそんな想いがあったのだろう。..

 ホルヘ・リナレスの21年のプロキャリアを振り返る――記事全文は発売中のボクシング・ビート12月号に掲載しています。
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