WBOミニマム級王座陥落の谷口将隆「チャンスがあればどこの階級でも」再起に向け始動
2023年2月8日 15時15分
2023年2月7日 17時00分
“親子ボクサー”は珍しくはないが、親子ともに現役だとしたらどうだろう。それも同時出場なら、ほとんど例がないのではないか。2月14日、後楽園ホールで行われる「ダイヤモンドグローブ」で、親子の共演が実現する。オープニングカードとなる65.0kg契約4回戦に出場する36歳の福田哲史(てつし)、第3試合のS・フェザー級4回戦でプロデビュー戦に臨む18歳、高校3年生の福田遼太郎、東京・千代田区九段のレパード玉熊ジムで、約6年前から親子で汗を流してきた。
「もともとプロになるつもりはなかったんです。それがやっていくうちにどんどんのめり込んで」。照れたように父は笑った。ジムに入会した当時は出版業界で働いていた30歳。長谷川穂積や山中慎介など、テレビでボクシングを見るのは好きだったが、「まず住む世界が違うと思っていたし、まさか自分がやるとは思ってもいなかった」。足を踏み入れるきっかけになったのが、11年前に結婚した縁で小学2年生のときに親子になった遼太郎だった。
「YouTubeでキックボクシングとかボクシングを見ていて、カッコいいな、自分もやってみたいなと思って」。中学1年生、多感な年頃になった息子に「何か打ち込めるものを」と母も望んだ。知り合いが自宅から通える場所にボクシングジムがあることを教えてくれた。「体力づくりになるし、それなら一緒に通ってみようか」。
プロになる道しるべとなったのは父だった。元WBA世界フライ級王者のレパード玉熊こと玉熊幸人会長が振り返る。「運動神経も悪くなくて、しばらくして、お父さんがスパーリング大会に出るようになった」。練習を重ねれば重ねるだけ、上達するのが実感できた。それが「ハマった理由」だと父は言う。
プロテスト受験資格は申し込み時点で満34歳まで。年齢制限が迫り、やってきたことを形にするため、2021年1月にプロテストを受験。34歳でライセンスを取得した。そうなると向上心は次の目標へ向かう。同じ年の12月、35歳でプロのリングに立った。「プロボクサーになって、試合もして。すごいなと思った」。身近で見てきた父の姿に息子は「自分も」と触発された。
「そこまで自分は運動神経がよくなくて、最初は難しかったけど、会長が丁寧に教えてくれたから、楽しさに気づけた」という息子の練習も強度を増していく。「辛いんですけど、その辛さはボクシングでしか味わえないもので、自分の限界まで出し切ることができる」。そこが「楽しくて、好きなところ」。きっぱりと言った。
玉熊会長が「パワーがあって、打たれても打ち返す気の強さがある」と評する息子がプロテストに合格したのは昨年5月のことだった。
楽しさはもちろん辛さを理解できるからこそ、「すごいな」と素直にお父さんを認められるのでは。そう遼太郎に尋ねると、静かにうなずく横から「いや、多分、自分ならもっとうまくできると思ってますよ」と父は笑った。息子は「まあ、そういうのもあります」と微笑んだ。ボクシングを介して、競い合い、認め合い、言葉で会話を重ねる以上に親子のコミュニケーションは深まった。
「家だけでは見れなかったはずの息子の成長を見れたことが、ジムに通うようになって、よかったなと思えたことです。肉体的にも精神的にも目に見えて強くなったなと感じるし、僕は息子に負けないように頑張っただけですけど、一緒に高め合うことができたと思っています」
そんな父と子の時間は今回で「ひとつの区切り」を迎える。息子の遼太郎は今春、北海道の大学に進学が決まった。「勝っても負けても最後だと思って、中学1年生からやってきたことを出し切るつもりで全力でやりたい」。スパーリング大会などに出たこともなく、これが初めての実戦になる。
「楽しみな気持ちがいちばんですけど、メンタルの面とか、練習とか、自分の人生で今がいちばん大変なんです。でも、これを経験することによって、社会に出たときとか、自分はこれぐらいやれたんだから、大丈夫だ、できる、そういう自信につながると思っています」
父の哲史は昨年、テレビ番組で使用するパネルやフリップなどを制作するデザイン会社に転職。シフト勤務で夜勤もある中、練習を重ね、「息子が試合をするかもしれないなと思ったとき、その前に自分が勝つところを見せたい」と頑張ってきた。が、ここまで3戦して3敗。「私のほうが出番が早いので、これが最後のチャンス」。念願の1勝で「一緒にやってきた6年の集大成」のリングに息子を送り出すことが父の目標だ。
(船橋真二郎)
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